2017年04月17日

Vol.1610「失敗体験は、成功するためのデータである」


ある方に教わったのですが、

大砲の弾を敵に命中させる際、

1発目の弾は、わざと標的よりも遠目を狙うそうです。



そして、遠くに飛び過ぎて

敵を飛び越えてしまったら、

そこから調整して、2発目はわざと

標的よりも手前に落ちるように撃ちます。



こうして敵を挟む形で落ちた

1発目と2発目の間のことを「夾叉(きょうさ)」

と呼び、

3発目はこの夾叉をめがけて撃つことで

命中させるのです。



つまり、1発目と2発目は、

失敗のように見えて、

3発目を成功させるためのデータとなっている

のですね。




これと同じように、

新しく何かに挑戦しようとする際、

100発100中を狙うなんていうのは

至難の業ですし、


1発目で上手く行かなかったからといって

いちいち落ち込んでいたら、

何も行動を起こせなくなってしまいます。



これまで的を外しまくってきた私(安野)なんて、

立ち直ることができません・・(汗)



しかし、

的を外した失敗体験が

成功するためのデータになっていると解釈すれば、

どうでしょうか。



「このやり方では上手く行かないことが分かった。

 だったら次は、こうしてみよう。」


という感じで、

成功に向けて徐々に照準が絞られている

訳ですので、きっと

前向きになれるはずです。




まずは1発、試しに撃って(=挑戦して)みる。



あとはそこから修正していけばよい

と考えています。


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【本日のまとめ】

■ 新しく何かに挑戦しようとする際、

  100発100中を狙うなんていうのは至難の業である。

■ 的を外した失敗体験が、

  成功するためのデータになっている

  と解釈してみてはどうだろうか。









posted by 安野 広明 at 18:52| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

Vol.1609「その判断は、“自分の意思”で決定したものか?」


「〇〇さんに奨められたから・・」

「みんなやっているから・・」


そういった理由だけで

やるかどうかを判断し、

後悔した経験は数多くあります。



例えば、私(安野)がまだ

経営者として右も左も分からない時期に、

誘われるがままに(お付き合い的に)入会した

各種団体などは、まさにそう(汗)。



いまになって振り返ると、

そこに自分の意思はほとんど無かった

ような気がします。

(大半は退会しましたけど・・)



もちろん、それを含めて

すべては自己責任ですし、

他責にするつもりは全くありません。



あと、やってみて初めて分かることがある

というのも事実です。



とはいえ、これからの人生、

私なりに大切にしたいと思っているのは、


「自分で決定している」


という感覚。



各方面からの意見を取り入れつつも、

「なんとなく」「仕方なく」

ではなく、最終的には


「自分の意思で決めた」


と自信を持って言える、

そんな人生を歩んでいきたい

と考えています。



そうやって、その都度、

自分の気持ちとしっかり向き合い、

意思決定を積み重ねていけば、

必然的に自責のスタンスになりますし、


揺るぎない自分の軸が確立できる


のではないでしょうか。




本日は短めで。。


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【本日のまとめ】

■ 大切にしたいのは、

  「自分で決定している」という感覚。

■ 自分の気持ちとしっかり向き合い、

  意思決定を積み重ねていけば、

  揺るぎない自分の軸が確立できる

  のではないだろうか。









posted by 安野 広明 at 19:25| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

Vol.1608「経営計画書を用いて“清濁併せのむ”という発想」


私(安野)は、

自己啓発本やセミナーに出てくるような

「綺麗ごと」系の話しが、

嫌いではありません。



ただ、

経営者という立場を前提にすると、

それだけでは足りない

と思っています。



つまり、

市場にはお客様とライバルしかいませんので、

「どうやって戦いに勝つのか」

といった「戦略」についても、

考える必要があるのです。



ちょっと強引かもしれませんが(汗)、

「綺麗ごと」を、さらさら流れる清流

と表現するならば、

「戦略」は、ドロドロとした濁流

といったところでしょうか。



この2つを足して2で割ったくらいが丁度いい

と考えています。



まさに

「清濁併せのむ」といった感じ。



とはいえ、

経営者の頭の中で両者が一緒くたにされ、

ある時は「綺麗ごと」の話しをし、

またある時はドロドロした「戦略」の話し

をしたとすれば、

指示を受ける側の社員に

混乱を招く恐れがあります。



そこで、

ビジョンや理念等の「綺麗ごと」系の内容と、

「戦略」系の内容とを

いったん整理する必要があり、

そのために有効なツールが

「経営計画書」

だと考えています。




「経営計画書」は、

言語化によって

経営の矛盾を統合させることができる、


「清濁併せのむ」ためのツール


なのです。



そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 「経営計画書」は、言語化によって

  経営の矛盾を統合させることができる、まさに

  「清濁併せのむ」ためのツールである。








posted by 安野 広明 at 19:59| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする