2021年04月05日

Vol.3059「コロナによって浮き彫りになった、経営者の視点」


(コロナ前の)平常時から、

将来を見据えた長期的な視点で

経営を行ってきたかどうか?



このことが、図らずも

コロナによって浮き彫りになりました。



近視眼的に

目先の対応に追われていたり、

流行ばかり追いかけてきた会社は、

ここまで激的に環境が変化すると、

次の一手を打つにしても

行き当たりばったり感が否めません。



なぜなら、戦略を持たず、

何の準備もしてこなかったからです。



これに対して、

長期的な視点を持ち、

将来の種を蒔きながら経営をしてきた会社は、

コロナは想定外だったとしても、

これまでの準備が生かされたり、

やるべきことが明確になっていて、

わりとすんなり対応できている

ような気がします。



常日頃、

最悪を想定しながら準備しているため、

社員に変化対応力が身に付いている

のも大きいでしょう。



この点に関して

私(安野)が思い出すのが、

二宮尊徳翁の以下のエピソードです。


(ここから)
  ↓
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ーーーーーーーーー

有名な秋ナスの話がある。


天保4年(1833年)の初夏、

ナスを食べたら秋ナスの味がした。


地上は初夏でも地中はすでに秋になっている

と感じた尊徳は、

桜町の農民にヒエを播くよう指示した。


果たせるかな、

その年は冷害で稲は実らず凶作になったが、

桜町では飢える者は一人も出なかった。


尊徳の抜きん出たところは、

冷害は一年では終わらないと判断し、

桜町の農民に天保5、6、7年と続けて

ヒエやアワ、大豆を植えさせ、

それを蓄えさせていったことである。


尊徳の予想通り、大凶作は

天保7、8年と続いて大飢饉となり、

全国の餓死者は数十万人にも及んだ。


だが、桜町の餓死者は皆無だった。


尊徳の深い遠慮が桜町の村民を救った

のである。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ーーーーーーーーー
  ↑
(ここまで)


*『人生の法則』(致知出版社)より抜粋



尊徳翁の予見力、準備力は、

現在の経営に置き換えるならば、まさに

長期的な視点での「遠きをはかる経営」、

私なりに言い換えると、

「桃栗経営」(*)です(笑)。


http://annokaikei.com/media



それはさておき、

エピソードからも分かるように、

社員を救えるかどうかは、

そこにいるリーダーがどれだけ長期的な視点

を持っているか否かにかかっています。



とりわけ、ピンチの時にこそ

それが浮き彫りになるのです。



もしもこれまで

近視眼的な経営だった・・

と思われる場合でも、

決して遅くはありません。



「頑張る木こり」状態から脱することは、

いつでもできます。


* ご参照下さい。
  ↓
Vol.2192「“頑張る木こり”になってませんか?」
http://bplan.seesaa.net/article/462829423.html



そのためにも、まずは

刃を研ぐ時間(=戦略について考える時間)

を設けるのがよいでしょう。



そして、その際にはぜひ、

経営計画書(*)をご活用下さい。


http://annokaikei.com/plan-2



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****************************


【本日のまとめ】

■ 将来を見据えた長期的な視点で

  経営を行ってきたかどうか?が、

  コロナによって浮き彫りになった。

■ 社員を救えるかどうかは、

  そこにいるリーダーがどれだけ長期的な視点

  を持っているか否かにかかっている。



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posted by 安野 広明 at 22:54| 島根 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月04日

Vol.3058「最後の最後まで、地域の灯になるのが企業の役割」


「例え地域が衰退したとしても、

 地域の灯(ともしび)であり続ける」



これは以前、弊社の特別講演会でも

講師をおつとめいただいた(*)

SYワークスの佐藤芳直先生の言葉で、

私(安野)自身、大きな目標としています。


http://annokaikei.com/lecture/29-2




当然ですが、どんな時代にも、

どんな産業にも、どんな地域にも、

必ず、盛衰というものはあります。



明治・大正・昭和と栄えた

福岡県の筑豊炭田などは、

分かりやすい例でしょう。



財閥企業や大手企業が進出し、

一時期は日本の石炭の半分以上を

掘っていましたが、

1960年代の「エネルギー革命」により、

エネルギー源の主流が石炭から石油へと移行。



急速に衰退し、

1976年にはすべての炭鉱が

閉山しました。



閉山後は、失業者で溢れ、

人口流出が一気に進んだそうです。



さらに古くは、

島根県の石見銀山(*)なんかもそう。


https://ginzan.city.ohda.lg.jp/



戦国時代後期から江戸時代前期にかけて、

日本最大の銀山でした。



一説によると、最盛期には、

銀山周辺に20万近い人が住んでいた

というから驚きです。



しかし、やがて資源が枯渇し、

こちらも人口流出が一気に進みました。

(現在の大森町の人口は約400人)



また、

過去ではなく未来に目を向ければ、

世界的に広まっている脱炭素の流れも、

長期的な視点で見ると、

自動車産業をはじめとする

多くの産業や地域において、

衰退をもたらすのでしょうね。



このように、産業(や地域)の盛衰は

避けて通れないのです。




加えて、地方の場合には、

高齢化による人口の自然減もございます。



かつてベストセラーになった

『地方消滅』(増田寛也 著)

という本の中には、

各自治体の2040年時点の推計人口が

公表されていますが、その統計データでは、

896自治体が「消滅可能性都市」に当たる

とあり、世間に衝撃を与えました。


(ちなみに、わが益田市もその1つ 汗)



個人的には、

そのデータ通りになるならないは別としても、

この大きな流れ自体は止めることができない

と考えています。



ただ、だからといって、

悲観ばかりしている訳ではありません。



ここで登場するのが、

冒頭に掲げた、佐藤芳直先生の言葉。



どんなに地域が衰退しようとも、

消滅可能性都市であろうとも(!)、

そこから逃げずに、最後の最後まで

地域の灯であり続けるのが、

企業の役割なのです。



そのように解釈すれば、ますます、

使命感を持って仕事をせねば

という気にもなります。



また、そのために、

自分たちが変化し続けることで

事業を継続させなければならない

のは、言うまでもありません。




地域の方々から、


「この地域にビジネスプランがいてくれて良かった」


と思っていただけるよう、

これからも精進して参る所存です。



何かのご参考までに。


************************


【本日のまとめ】

■ どんな時代にも、どんな産業にも、どんな地域にも、

  必ず、盛衰というものはある。

■ どんなに地域が衰退しようとも、

  そこから逃げずに、最後の最後まで

  地域の灯であり続けるのが、

  企業の役割ではないだろうか。


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posted by 安野 広明 at 20:56| 島根 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月03日

Vol.3057「仕事の楽しさややりがいはどこにある??」


世の中には、

楽しさややりがいを求めて

職場を転々とする人が多いようですが、

職場内の人間関係に余程の問題がない限り、

それらを得られるかどうかは、結局のところ、

自身の解釈次第ではないかと思います。



仕事をする上では、当然ながら、

辛いこと、きついことはあるでしょう。



そんなことが続けば、

仕事は楽しくないかもしれません。



ただそれは、

その人が乗り越えるべき課題なのであって、

仮に他の誰かが手を差し伸べて

その場はやり過ごせたとしても、

自分で対処できる力を身に付けない限り、

その課題は必ず、形を変えてまた現れます。



職場を移して

一時的に逃れたところで、

課題自体から逃れることはできません。



過去のエントリ(*)にも書かせていただいたように、

課題はどこまでも追いかけてくるのです。


* ご参照下さい。
  ↓
Vol.1238「逃げれば追いかけてくるのは、熊も仕事も同じ」
http://bplan.seesaa.net/article/436485974.html



そのことに気付いてからは、

私(安野)自身、対人関係において、

課題を分離して考えるようになりました。


* ご参照下さい。
  ↓
Vol.2824「自分と相手との関係に境界線を引く」
http://bplan.seesaa.net/article/476811356.html



その人の課題は、

その人が自力で解決しなければ

意味がないからです。



そこを勘違いして、良かれと思って

他人の課題まで自分事として背負い込むと、

こちらも精神的にきつくなります・・。




それはさておき、とにかく、

仕事の楽しさややりがいというのは、

人から与えられるものではありません。



その本質は、

自分の課題をどのように解釈し、

それらとどう向き合うか。



つまり、

(繰り返しにはなりますが、)

自分次第なのです。



そこから目を背けている以上、

いつまで経っても、

楽しさややりがいなんて

感じられないと思います。



課題を乗り越えた先に、

真の楽しさややりがいが待っている

のですから。




したがって、まずは、

課題を乗り越えるための努力を惜しまないこと。



また同時に、


「何があっても楽しむと心に決める!」

「どうしたらこの仕事を楽しめるのか?」

「自分が楽しまないと損だ w」


くらいのマインドを持っておくことが

大切ではないでしょうか。



そんなことを考えました。


*********************************


【本日のまとめ】

■ その人の課題は、その人が自力で解決しなければ

  意味がない。

■ 課題を乗り越えるための努力を惜しまない。

■ 「何があっても楽しむと心に決める!」

  くらいのマインドを持っておくことが

  大切ではないだろうか。



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posted by 安野 広明 at 22:19| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする