2017年06月22日

Vol.1676「社員教育についてのあれこれ」


7年近く経営者をやらせていただいて

痛感するのは、

社員教育の難しさです。



私(安野)はもともと

自分1人の世界に籠もりたいタイプ(=職人タイプ)の人間

ですので、

(自分の子供を除き、)人を育てるなんて

おこがましいし、できるならしたくはない

という考えを持っています。



ただそうはいっても、

よりよい会社にするために、

立場上、社員教育せざるを得ない

というのが本音です。



そして実際、

時間とお金をかけて

あれやこれやと学びの機会をつくってきた

つもりではあります。



その結果、私が直面したのは、

1週間も経てば元の木阿弥となり、

(少なくとも目に見える限り)以前と何も変わっていない・・

という現実でした。



そんなことを

何度も繰り返していますので、


「あの研修時間は、一体何だったのだろう」


と、正直、虚しさすら感じます。



その立場になった人にしか分からない

かもしれませんが、

これは結構なストレスです・・。




そんなことを考えながら

それとなく本を読んでいると、


「過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ!」


みたいなことが書いてたりして(汗)、


「いや、まあ、その通りなんだけど、ちょっと辛いな〜」


と、

自らの未熟さ故に凹んでしまう

こともあったりします。




ただ、そうやって思い悩んでいる時に、

ふと、脳裏に浮かんだ言葉があります。



それは、漫画『スラムダンク』に登場する安西先生の、


「諦めたら、そこで試合終了ですよ・・?」


という名言(笑)。



もちろんこれは、漫画の設定上、

バスケの試合について使われた言葉

ではありますが、


社員教育にしても、

どこかで諦めてしまえば、

状態が悪くなることはあれど

良くなることはあり得ません。



諦めたら、試合終了(=それ以上改善されない)なのです。



であるとすれば、


0.1%、いや、0.01%でも可能性がある以上は、

諦めずに挑戦し続けてみよう


と、思い至りました。



ちょっと単純過ぎるかもしれませんけど・・。


(実際には、ここに至るまでに

 かなり悩みました)




今日は、地元の若手経営者と

社員教育について本音で語り合う機会があったので、

少しネガティブな内容を含め、

本音で(!?)書き残してみた次第。



まあ、やっぱり、

行き着くところは「自分」

なんでしょうね。


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【本日のまとめ】

■ 何度やっても元の木阿弥になる状態が続くと、

  社員教育が虚しくなる時はある。

■ ただし、どこかで諦めてしまえば、

  状態が悪くなることはあれど、良くなることはあり得ない。

■ 0.1%、0.01%でも可能性がある以上は、

  諦めずに挑戦し続けるべき。

■ 諦めたら、そこで試合終了です!









posted by 安野 広明 at 20:08| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

Vol.1675「人にすすめる前に、どれだけ自分が信じているか?」


どんな商売であれ、

成果を出す人とそうでない人との決定的な違いは、


自分が心から自社の商品・サービスを信じているかどうか


だと思っています。



あたかも自己暗示がかかっているかの如く、

自社の商品・サービスに惚れ込み、


「うちの商品を使ってもらえれば、絶対に会社がよくなりますよ!」

「うちのお店に来ていただければ、最高に楽しんでいただけますよ!」

「うちの商品・サービスを使わないなんて、もったいない!」


などといったことを、嘘偽りなく、

本気で思い込んでいる人は、強い。



もしも自分がお客の立場だとしたら、

そういう人からものを買いたい

と思うはずです。



そして、商品・サービスを利用した結果、

その内容に満足すれば、

積極的に友人・知人に紹介するかもしれません。



もちろん

世の中には怪しい商材も出回っていますので、

その辺りの選別は必要ですが・・。




逆に言えば、

商品・サービスを売っている張本人が、


「別にたいしたものではない、他で買っても同じだ」

「うちと付き合ってくれてもくれなくても、どっちでもいい」

「上から言われて、仕方なく売っている」

「お客が増えると、やることが多くなって面倒だ」


なんてことを考えながら商売している

としたら、どうでしょう。



そんな人から買いたくはないですし、

おそらくその人は、

たいした成果を出せないはずです。




少し話しは変わりますが、

弊社では、昨年末から、

「あんの式月次決算書」と「経営計画書」を、

自社の付加価値商品として

一押ししています。



私(安野)は、上記の商品について、

お客様に説明したり、セミナー等でお話しする都度、


「これらの商品は、中小零細企業がよくなるために必要不可欠な商品だ!」


と、確信を強めているところです。



正直、


「事業に活用しないなんて、もったいない!」


とすら感じています。



あとは、その想いを社内で共有し、

全てのスタッフが


「心から自社の商品・サービスを信じている」


という状態に至れば、


やがて到来するAI(人工知能)時代にも負けない、

自社の付加価値として確立できるはず。



そして、そのためにも、

まずは私自身が、もっと熱を込めて

社内外に発し続けて行かなければならない

と考えています。


(*そのための取組みの1つが、10月の経営計画発表会です)




・・どんなことであれ、

人に何かをすすめるには、

すすめる側の姿勢が何より重要ですし、

すすめたからには責任も生じるでしょう。



したがって

中途半端な気持ちですすめることのないよう、

自社の商品・サービスについて

価値を理解し、確信を持ち、

常によりよい内容にするべく、

磨きをかけていきたいものです。


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【本日のまとめ】

■ 成果を出す人とそうでない人との決定的な違いは、

  自分が心から自社の商品・サービスを信じているかどうか。

■ 中途半端な気持ちで人にすすめることにならぬよう、

  自社の商品・サービスについて

  価値を理解し、確信を持ち、

  常によりよい内容にするべく、

  磨きをかけていきたいもの。










posted by 安野 広明 at 18:23| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

Vol.1674「土台が無ければ心には響かない」


ご承知のとおり、

書家である相田みつを氏の書体は、

独特な崩し字で、


「これなら自分にも書けるかも(!?)」


と思ったことがあるのは、

私(安野)だけではないはずです。



しかし、実際には、

19歳で書家の岩沢渓石氏に師事し、

30代で毎日書道展に連続入選するなど、

当時は、将来を嘱望された若手書道家でした。



ある時、

専門家でなければ理解しにくい書のあり方に疑問を抱き、

独特の書体で、短く平易な自らの言葉を書く作風

を確立されたそうです(ウィキペディアより抜粋)。



先日、『相田みつを美術館』を訪れた際にも、

若い頃に書かれた作品が展示されていましたが、

他の作品とは異なり、

(ど素人の私が言うのも何ですが、)

それはもう美しい書体でした。



やはり、「守破離」でいうところの、

「守」の部分、すなわち、

「基礎」や「土台」となる部分があった上で

独自の文字を書くからこそ、

味が出るし、心に響くのですね。




しかも、その土台を築き、固めるまでに、

相当な年月を費やし、かつ、

圧倒的な量をこなしていらっしゃいます。



相田氏は作品に対して妥協を許さず、

「逢」というたった一文字を書くために何百枚何千枚と紙を使用したり、

印刷のわずかなズレや墨の色の微妙な違いから

印刷済みの色紙千枚がボツになったこともあった

ようなので、

その量たるや、想像を絶します。



まさに

「量は質を凌駕する」(*)

の世界です。



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1030「その苦手意識は、単なる“練習不足”かもしれない」
http://bplan.seesaa.net/article/426127783.html



「このくらいなら書けそう」

と錯覚した自分が恥ずかしい・・




また、このことは、

普段、われわれが発する「言葉」にも

置き換えることができます。



人前で話しをする際、

それがどんなに立派な内容であっても、

とってつけたようにしか聞こえない人と、


さりげない一言でも、

言葉に味があり、心に響く人


とがいらしゃるもの。



おそらく両者の差は、


「思考の土台」ができているかどうか


だと思います。



「土台」ができていない人が

いくら本やネットで調べた名言・格言を口にしても、

あたかも

相田みつを氏の字を素人が真似ている

かの如く、

そこに深みや味わいや説得力は生まれない

のです。



では、どのようにして

「思考の土台」を築くのかというと、

やはりそれは、


日々の習慣の中で、土台を踏み固めていく


しかありません。



具体的には、


まず行動を起こし、そこから感じたことと

丁寧に向き合い、思考を深める


という営みを繰り返すのです。



実は、私がこうして

毎日ブログを書き続けているのも、

「思考の土台」を固めるため

だったりします。



私の場合、まだまだ土台が脆く、

発する言葉にまったく重みが無い(涙)

のが、玉にきずではありますが・・。




それでも手を抜かずに継続していけば、

いつかは

発する言葉にパワーが宿り、説得力が生まれ、

相手の心に響くようになるのではないか

と考えています。



見せかけではない、

土台のある人物を目指したいものです。


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【本日のまとめ】

■ 「思考の土台」ができていない人が

  いくら本やネットで調べた名言・格言を口にしても、

  そこに深みや味わいや説得力は生まれない。

■ まず行動を起こし、そこから感じたことと

  丁寧に向き合い、思考を深める

  という営みを繰り返す。

  そうやって「思考の土台」が固まれば、

  発する言葉にパワーが宿り、説得力が生まれ、

  相手の心に響くようになるはず。










posted by 安野 広明 at 22:11| 島根 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする