2019年02月15日

Vol.2279「いつかは“自分の名前が職業です”と言えるように」


「職業」や「肩書き」というのは、

世間一般の人に分かりやすいように設けられている、

言うなれば、

「比較の世界」の中で使う言葉です。



そして、自己紹介の際には、


「□□(職業)をやっている〇〇(名前)です」

とか

「××(社名)で△△(肩書き)をしている〇〇(名前)です」

とか

「◇◇(資格名)の〇〇(名前)です」


みたいな感じで伝えるのが、

社会人としてのマナーになっています。



もちろん、

それはそれとして大切なのですが、

ただ、私(安野)の目指すところは、

「職業」や「肩書き」を取り払った形で、


「〇〇(名前)です」

もしくは

「職業は〇〇(名前)です」


と、自信を持って言えるようになること。



実は、このスタンスは、

ある師匠から教わり、

私自身、意識するようになりました。



ちなみに、決して、


「メディアで名を売って有名人になろう」


という訳ではありません。



「比較の世界から抜け出して、

 唯一無二の存在になる」


とか


「肩書きに頼らず、自分の名前だけで世の中を渡っていく」


という生き方が、純粋にかっこいい

と思うのです。



あと、私のように資格で商売をしていると、

自己紹介の際に資格を名乗っただけで、


「ああ・・・税理士さんね」


みたいなニュアンスで

一緒くたにされるのが嫌だ、

というのもあります(汗)。




まあ、何はともあれ、


自信を持って自分の名前で勝負できる


ことこそが、

かのドラッカーの言う「処(ところ)を得た」状態

なのでしょう。



私の場合、そうなるまでに

まだまだ時間はかかりそうですが、

これからもそんな理想の姿を

追い求めようと思った次第です。


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【本日のまとめ】

■ 「職業」や「肩書き」というのは、

  「比較の世界」の中で使う言葉にすぎない。

■ 自信を持って自分の名前で勝負できるのが、

  ドラッカーの言う「処(ところ)を得た」状態

  ではないだろうか。



posted by 安野 広明 at 23:41| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

Vol.2278「1人1人との出会いに、真剣に向き合う」


「人は一生のうちに、逢うべき人には必ず逢える。

 しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。」


とは、

教育者である森信三先生の名言ですが、

「出会い」や「ご縁」というのは本当に不思議だな〜

と感じます。



先日も、指導員として参加した

「経営計画作成25時間合宿」(*)で、

私(安野)が担当させていただいたのは、偶然にも、

父親の出身地と同じ群馬県の会社。


* ご参照下さい。
   ↓
Vol.2274「言うのとやるのはまったく異なるという話」
http://bplan.seesaa.net/archives/20190210-1.html



私のルーツの半分は

群馬県にある(もちろん何度も訪れている)ので、

それだけで、会社を代表してお越しになられていたW専務に

親近感が湧きました(笑)。



しかも、現在、

その会社の顧問をおつとめの方が、

島根県益田市に本社のあるo社出身で、


「安野さんには、以前、お世話になっていた」


とおっしゃっているそうです。

(後日、W専務からメールで教えていただきました)



おそらく、その顧問の方は、

私の父親の代のご縁だと思われますが、


それにしても、

東京で、たまたま担当したW専務と、

(間接的とはいえ)繋がりがあったというのは、

「世間は狭い」だけでは言い表せない、

何かしらの「意味」をそこに感じざるを得ません・・




実は、私の場合、

今回のような鳥肌もの(!)の偶然の出会いは、

過去に何度もあります。



おそらく、このブログの過去のエントリにも、

これまでの出会いの履歴の一部を

書き記しているはずです。



そして、その都度、

「ご縁の不思議」や「出会いの意味」

について考えさせられると同時に、


せっかく出会った人に、

何かしらの価値提供ができる自分でありたい


と強く思います。



そうやって

相手に対する価値提供を意識することが、

自分自身を成長させ、

次の素晴らしい出会いを呼び寄せる

気がするからです。




・・これまでのご縁を大切に育みつつ、

これからも、目の前の1人1人との出会いに

真剣でありたいと考えています。




本日は、短めで。


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【本日のまとめ】

■ 相手に対する価値提供を意識することが、

  自分自身を成長させ、

  次の素晴らしい出会いを呼び寄せる。

■ 目の前の1人1人との出会いに

  真剣でありたいもの。





posted by 安野 広明 at 22:46| 島根 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月13日

Vol.2277「“人生やり直し機”なんて必要ない、ドラえもんからの学び」


自分の人生を振り返った時、

「まったく後悔が無い」

と言い切れる人は少ないと思います。



大半の人は、


「もう一度、あの頃に戻ってやり直せたら・・」


と、一度や二度は考えたことがある

のではないでしょうか。



そして、そのような人間の願望

を充たすために開発されたのが、

ドラえもんに登場するひみつ道具の1つ、

「人生やり直し機」です(笑)。



この道具を使えば、

現在の記憶や能力を持ったまま、

過去に戻ることができます。



ちなみに先日、子供と一緒に視た

テレビアニメの中では、

小学4年生ののび太が「人生やり直し機」を使い、

幼稚園時代(4歳)に戻っていました。



そして、

4歳児のジャイアンやスネ夫やしずかちゃんが

ひらがなを書くのもおぼつか無い中、

のび太だけ漢字でスラスラと自分の名前を書き、

「この子は天才だ!」

と、周囲からもてはやされることに。



当然、のび太も有頂天になり、

元の世界(=4年生)には戻りたくない、

「このまま大人になりたい!」

と言い出します。



いかにものび太らしい・・




ただ、面白いのはここからで、

「このまま成長するとどうなるか?」を、

ドラえもんがタイムテレビ(=未来が見えるテレビ)

に映し出してくれるのです。



それによると、

「天才」と呼ばれるまま1年生になったのび太は、

まだ周りの子と比べれば優秀で、

勉強もスポーツもできています。


(なにせ中身は4年生ですから)



しかし、さらに成長が進み、

4年生になると、テストで0点を連発。



いままで胡坐をかいて一切勉強して来なかったので、

元の世界よりも酷くなっています。



そして、このまま歳を重ね、

大人になったらどうなるかを

ドラえもんがタイムテレビに映そうとしたところで、

きっと想像がついたのでしょう、


のび太がタイムテレビを拒否し、

現実の世界へ戻ることに。



「こんな機械(=人生やり直し機)に頼るより、人間の中身を変えていかなきゃ」


という、ドラえもんのアドバイスもあり、

努力の必要性に気付いたのび太は、

「勉強する!」

と決意したのです。


(勉強して、「勉強しなくても頭のよくなる機械」を発明する

 のだそうです 笑)




・・確かに、

人生をやり直したとしても、

中身はいまの自分以上にはなれない(=どこかで限界が訪れる)

ような気がします。



むしろ、プロセスで手を抜けば、

のび太のように、

いまよりも悪い結果を招きかねません。



したがって、

大事なのはプロセスであり、

どのような環境に置かれたとしても、


楽を選ぶより自分を磨き高める道を選んだ方が、充実した人生になる


と言えるのではないでしょうか。



人生をやり直すことはできませんが、

これからをどう生きるかによって、

過去に起こった出来事の「意味付け」

を変えることはできるはずです。




久しぶりに視たドラえもんから、

そんなことを学ばせてもらいました。


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【本日のまとめ】

■ 「人生やり直し機」で人生をやり直したとしても、

  中身はいまの自分以上にはなれない。

■ 人生をやり直すことはできないが、

  これからをどう生きるかによって、

  過去に起こった出来事の「意味付け」

  を変えることはできるはず。



posted by 安野 広明 at 23:04| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする