2017年07月04日

Vol.1688「“察しなさい”だけでは仕事が成り立たない時代!?」


たまに

師匠や上司や先輩の仕事は、

「自らの目で見て盗め」

とか

「察しなさい」

と言われることがあります。



確かに

仕事にはそういう側面がありますし、

私(安野)自身、

監査法人や税理士法人に務めていた時代には、

先輩の一挙手一投足に注目したり、

いまでもたくさんの師匠(と私が勝手に読んでいる人たち)の姿勢から

学び取ろうと努力しているつもりです。



しかし、

上記のようなやり方が成り立つのは、教わる側に、


「自分はこの仕事一本でやっていく!」


とか


「ここでの経験を生かして、将来、一旗上げる!」


などといった

「覚悟」や「貪欲さ」や「ハングリー精神」

が前提として無ければ難しい

ような気がします。



とりわけ

昔に比べて仕事の選択肢が増え、

かつ、売り手市場になっている現代においては、


仕事に対するこだわりや思い入れ

が希薄となり、


「まあ、自分に合わなければ、別の仕事に変えればいいや」


くらいに考えている人も

少なからずいらっしゃるはず。



そして、もしもそんな人たちに、


「見て盗め」「察しろ」


とか言ったところで、


そもそも通じないし、

そこまでして頑張る気も無いし、

お互いにとってストレスだし、

良いことがありません(汗)。



ですので、やはりここは、

教える側が変わるしかない・・。



部下や後輩が指示した通りに行動しない

のであれば、それは


「相手が本当に理解するまで伝えていない」


もしくは、


「もっと伝え方を工夫しなければならない」


と解釈すべきです。




例えば、


子供から「明日〇時に起こして」と言われた母親が、

翌朝その時間に「起きなさい」と声を掛け、布団をはがした

にもかかわらず、

子供がそのまま寝てしまったとします。



やがて遅刻の時間になって目が覚め、

母親に向かって

「なんで起こしてくれなかったんだよ!」

と怒り、喧嘩になる・・

なんてことはよくありますよね。



母親からすれば、

「ちゃんと時間通りに起こしたわよ!」

と主張したいところですが、


そこはやはり、母親に責任がある

と考えるべきです。



なぜならば、

「起こす」とういアクションはしたかもしれませんが、

結果として子供は起きていない

訳ですので、


起こす約束をしたのであれば、

どんな手段を使ってでも(顔に水をかけてでも!?)

起きるまで起こし続けなければならない

のです(笑)。




それと同じく、

上司は部下に、先輩は後輩に、


正しい行動がとれるようになるまで、

伝え方に工夫を加えながら、

諦めずに伝え続けなければならない


と思っています。




「そのくらい察しなさい」


では、もはや成り立たない現場が増えてる、

そんな気がする今日この頃です。


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【本日のまとめ】

■ 「自らの目で見て盗め」とか「察しなさい」で仕事が成り立つのは、

  教わる側に「覚悟」や「貪欲さ」や「ハングリー精神」

  が前提として無ければ難しい(?)。

■ 部下や後輩が思い通りに行動しない

  のであれば、それは

  「相手が本当に理解するまで伝えていない」

  もしくは、

  「もっと伝え方を工夫しなければならない」

  と解釈すべき。









posted by 安野 広明 at 19:27| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする