2017年06月15日

Vol.1669「“レッテル貼り”をやめ、“1人の個人”として向き合う」


人は、


国籍、出身地、年齢、性別、血液型、容姿、表面的な態度や言葉遣い


などによって、


「あの人は、〇〇な人だ」


とレッテルを貼りたがるものです。



極論ではありますが、

「中国人」や「韓国人」と聞くだけで、


「彼らは日本を嫌っている」「日本人の敵だ」


といったニュアンスの発言(暴言!?)

をされる人もいたりして、

驚かされます。



「いじめ」や「差別」や「偏見」は、

そういったレッテル貼りから生まれるのでしょう。



結局のところ、

相手にレッテルを貼り、

抽象的な存在として捉えた方が、


面倒臭くないし、楽だし、自分にとって都合がよい


のだと思います。



相手を「1人の個人」として見ようとすれば、

きちんと向き合わないといけないし、

理解するまでに時間がかかることもあるし、

それ自体がストレスだったりしますので。



また、レッテルを貼ることで、


「あの人は〇〇な人だ・・だから自分は悪くない」


という、

自分への言い訳にもなりますよね。




とはいえ

レッテルを貼った瞬間から、


相手の内面や人格や尊厳がないがしろにされてしまう


ということを、

見逃してはいけないと思います。



相手も自分と同じ、

弱い心を持った1人の人間です。



とりわけ、経営者やリーダーなどの

人を育てる立場にある人は、

安易なレッテル貼りはやめ、


諦めずに向き合う努力を継続しなければならない


と考えています。




自戒を込めて・・(汗)


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【本日のまとめ】

■ 人は、往々にして、

  「あの人は、〇〇な人だ」

  とレッテルを貼りたがるもの。

■ 相手にレッテルを貼った瞬間から、

  相手の内面や人格や尊厳がないがしろにされてしまう。

■ 人を育てる立場にある人は、

  安易なレッテル貼りはやめ、

  諦めずに向き合う努力を継続しなければならない。











posted by 安野 広明 at 22:49| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする