2020年09月13日

Vol.2855「偶然のきっかけは、足元に落ちている」


成功者と呼ばれる方々は、

成功した理由を聞かれた際、

「たまたま」とか「偶然」とか「運よく」

といったワードをよく使います。



ではなぜ、

彼ら・彼女らには

偶然が起こるのか?



例えば、

「道に物なんか落ちていない」

と思っている人は、

前ばかり見て歩いているから、

いい物がたくさん落ちていても

気付けないですよね。



「落ちているかもしれない」

と思って歩いている人だけが、

気付いて、拾うことができる訳です。



それと同じように、成功者には、

なんとしてもやり遂げたい強い信念

のようなものがあって、そのために、


「どこかにヒントが落ちていないだろうか?」


と、それこそ必死で、

血眼になって探しているからこそ、

偶然に気付けるのだと思います。




実はこのことは、

昨日のエントリ(*)でも書かせていただいた、

「とことん考える」

ともつながります。


* ご参照下さい。
   ↓
Vol.2854「とことん考えるのが、人間としての価値」
http://bplan.seesaa.net/archives/20200912-1.html



スマホ中毒の人がその典型ですが、

仮に思考停止して、

機械に操作されているとすれば、

それはまるで、

ベルトコンベアーの上に乗せられている

ようなもの。



足元に落ちているヒントや偶然に

気付ける訳がありません。



これに対して、

ベルトコンベアーから降りて、

日々、自分なりにとことん考えながら、

自分の足で一歩ずつ進んでいる人は、

偶然に気付ける確率も高くなるでしょう。



数年、十数年単位で見れば、

両者には膨大な差が

生まれるはずです。




成功者ではない私(安野)が書くのもなんですが(汗)、

成功につながるような偶然は、

ある日、天から降ってくるようなものではなく、

日常の中に、既に落ちているもの

だと思います。



そこに気付けるかどうか、

それが人生の明暗を分けるのです。



したがって、もしも

偶然を起こしたいのであれば、

やはりまずは、


「自分はどうなりたいのか?」

「何を目指したいのか?」

「どんな夢を実現したいのか?」


といった内なる声を言語化し、その上で、


「どこかにヒントが落ちていないだろうか?」


と、日々考え続ける。



それしかないと思うのですが・・

いかがでしょうか?


******************************


【本日のまとめ】

■ 偶然は、ある日、天から降ってくるようなものではなく、

  日常の中に、既に落ちているもの。

■ 偶然を起こしたいなら、

  内なる声を言語化し、その上で、

  「どこかにヒントが落ちていないだろうか?」

  と、日々考え続けるしかない。



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posted by 安野 広明 at 18:45| 島根 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする