2019年10月05日

Vol.2511「“学び”とは、新たな“基準”を得ること」


「○○に参加して、たくさんの学びや気付きが得られました!」


的なことを

感想として述べたり、書いたりする人は、

結構多いと思います。



当ブログでも

よく使わせてもらう、

頻出ワードです(笑)。



ただ、(自分で書いておきながら言うのもなんですが、)

「学びや気付き」という言葉は、

ちょっと抽象的・・。



なので、あえて、

もう少し掘り下げてみます。



思うに、

「学びを得た」とは、


「新たな基準を得ることで、

 自分の中の認識が変わった状態」


を意味するのではないでしょうか。



それも、

短期的なものではなく、


将来に渡って価値を生み出す基準


です。




例えば、

県外にあるいい会社のベンチマークツアーを行い、

社長さんや社員さんの話を聞いたり、

社風を肌で感じたりすると、

今までになかった基準が

自分の中に生まれます。



おそらく、

外に出ることなく

田舎に閉じこもっていたら、

一生得られなかったであろう

(高い)基準です。



そして

もともとの基準(=田舎基準?)との

ギャップを埋めるためには、

相当なエネルギーと長い時間を要しますが、

努力を諦めない限り、

新たな基準が、将来に渡って価値をもたらす

ことは間違いありません。



つまり、ここでいう

「新たな基準」を得たかどうかが、

「学びを得た」かどうかの目安になる

ということ。



そのように考えると、

講演会にしろ、研修会にしろ、

短期的ですぐに忘れてしまうような内容は、

本来の「学びや気付き」とは言えない

のかもしれませんね。




・・せっかく時間とお金をかけて

インプットしたのであれば、

なんとなく

「学びや気付きがあった、良かった」

というぼんやりとした言葉で終わらせるのは、

もったいない。



「自分にとって、どんな基準が得られたのだろう?」


と自問してみると、

学びがより深まるのではないでしょうか。



そんなことを考えました。


**************************************


【本日のまとめ】

■ 「学びを得た」とは、

  「新たな基準を得ることで、自分の中の認識が変わった状態」

  を意味するのではないだろうか。

■ 短期的ですぐに忘れてしまうような内容は、

  本来の「学びや気付き」とは言えない。


posted by 安野 広明 at 20:34| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする