2019年09月25日

Vol.2501「非効率・手間暇かかるといった“寄り道”にこそ価値がある」


その昔、友人と遅くまで飲んでしまい、

しかも、タクシーがつかまらずに、

仕方なく、駅前から自宅まで

歩いて帰ったことがあります。



たいした距離ではない(=約2.5q)のですが、

酔っぱらっている上に、

深夜に1人で歩かなければならない

というのは、とても億劫でした。



遅くまで飲んだことに後悔しながら、

ずーっと下を向きながら歩いていたのですが、

高津大橋を渡っている際、

ふと、顔を上げて高津川に視線を移すと、

なんとそこには、

幻想的な月明りが川面に映し出されている

ではありませんか!



その神秘的な光景に、

思わず心を奪われ、

しばし見入ってしまいました・・



しかも、周りには誰もおらず、

完全に独り占め状態です。



単純な私(安野)は、

「いや〜、真夜中の散歩もいいものだな〜」

と、

気分よく帰宅した記憶があります(笑)。



もしもタクシーに乗り、なんの不便もなく

そのまま帰宅していたとすれば、

一生、気付かなかったかもしれません。



「歩いて帰る」という、

寄り道をしたからこそ出会えた、

素敵な光景でした。




なぜこんな話を思い出したか

というと、

便利さや効率性ばかりが追い求められる世の中

において、

時には寄り道も必要だし、

寄り道するからこそ、気付けたり、発見できたりすること

もあるのではないか?

と感じるから。



一見すると、

非効率なことや不便なこと、

手間暇かかる面倒くさいことの中にも、

目を向ければ、きっと、

はかりしれない価値が存在するはずです。




一例を挙げるとすれば、

「甘栗むいちゃいました」(*)

というお菓子は、

栗の皮をむく手間がかからず、

とても便利な商品で、

確かに美味しいです。


https://www.kracie.co.jp/foods/amaguri/



ただ、おそらく、

むかれちゃった栗しか食べたことない子供たちには、

栗のむき方が分からないでしょうし、

もしかすると、

栗が硬い皮におおわれていることすら

知らないかもしれません。



1粒1粒の皮に、

歯でガリっと穴を開け、

そこから指でバリっとむきながら食べる

というのは、非効率ではありますが、

私は、そのプロセスこそが醍醐味だし、

子供たちにも体験させたいし、

一つの価値ではないかと思っています。


(あくまで個人的な感想です・・)



まあ、例として

あまり的を得ていない気もしますが(汗)、

分かる人には分かるはず(!)




・・結局のところ、

何が言いたいかというと、


時には、非効率や不便と思われること、

世の中の大勢からは外れる寄り道的なこと

にも目を向けてはどうか

という話。



もしかすると、そこには、

思わぬ気付きや出会いが

待っているかもしれません。


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【本日のまとめ】

■ 寄り道するからこそ、

  気付けたり、発見できたりすることもある。

■ 時には、非効率や不便と思われること、

  世の中の大勢からは外れる寄り道的なこと

  にも目を向けてはどうだろうか。


posted by 安野 広明 at 23:17| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする