2019年09月08日

Vol.2484「弱さこそが、武器である」


誰かと意見がぶつかった時、

攻められたり、口撃されそうになった時、

最悪なのは、

反射的に言い返すことです。



もし仮に、

それで相手を論破できたとしても、

結果的に、相手の自尊心を傷付け、

関係性を悪化させるだけでしょう。



そもそも、

その人にはその人なりの真実や考えがある

のだから、

充分に聞きもせず、感情に任せて、

言い返したり、否定するのは

よろしくありません。



反論したい気持ちをグッと抑え、

相手の言い分をいったん受け入れるべき

だと思います。



ちなみに、

私(安野)がそういう場面に遭遇した時には、

頭の中で色々と思考を巡らせながらも、

できるだけ冷静に聞くよう

心がけているつもり。



そして、そのためにも、

意識しているのが、


「相手よりも自分を下に置くこと」


です。



私はこのことを、

中国古典の『老子』から教わりました。



老子の教えの中でも有名なのが、


「上善水のごとし」


ですが、その意訳が、

『月刊致知9月号』に掲載されていたので、

以下に紹介します。


(ここから)
  ↓
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最高の存在とは水のようなものである。


人が嫌がる「低いところ」へ流れ、

そこに留まる性質がある。


水というのは、やわらかく、弱い存在であるかのように思えるが、

実際には岩をも砕く強さがある。


水は、弱く、争わない存在であるが、

結局は勝利を収める。


中途半端に強くなろうとせず

「水のごとく」あえて弱さを選択するのも

1つの方法である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↑
(ここまで)


上記からも分かるように、

「自分を下に置く」とは、

決して、卑下したり卑屈になることではなく、

むしろ強さであり、武器ともいえます。



とりわけ、商売をしている人ならば、

この、


「一見すると弱そうだけれども、実は勝ちに行っている」


とうしたたかさ(!)は、

必要ではないでしょうか。




・・とはいえ、

私もまだまだ修行の身(汗)。



これからも

「上善水のごとし」の精神で、

正面からぶつかることは極力避け、

柔軟性を保ちつつ、

弱さを武器にしていければ・・

と思った次第です。


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【本日のまとめ】

■ 最高の存在とは、水のようなもの。

■ 「上善水のごとし」の精神で、

  正面からぶつかることは極力避け、

  弱さを武器にできるのが理想ではなかろうか。

posted by 安野 広明 at 21:07| 島根 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする