2019年03月31日

Vol.2323「益田木鶏クラブで益田家墓所の清掃活動を行いました」


昨日は、

益田木鶏クラブのメンバー数名と一緒に、

山口県萩市須佐町にある益田家墓所の清掃を行いました。



昨年に引き続き、2度目の活動です。


*活動趣旨については、以下をご参照下さい。
      ↓
Vol.1944「益田木鶏クラブ”の活動報告」
http://bplan.seesaa.net/article/458039405.html



それにしても、

清掃中は大雨に降られ、終わった途端に晴れ間が広がる

という、よくあるパターン(笑)。



益田家代々の領主の方々に、

喜んでいただけたのでしょうか。



ビフォア―の写真を撮り忘れてしまいましたが、

清掃前よりもかなり綺麗になりました。



よろしければ、ぜひ、

足をお運び下さいませ。



以下は、当日の様子です。(訳あって、多めに写真を掲載します)


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益田家墓所の入り口。須佐の「みこと館」より数分歩いた場所にあります。


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益田の七尾城の最後の領主、益田元祥公のお墓。


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なんと藪の中に埋もれていたお墓が見つかりました。


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益田木鶏クラブの岡ア代表世話人が、益田元祥公のお墓に水をかけた後、

全員で手を合わせて感謝を伝えました。


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今回は、須佐町の方も3名参加して下さいました。


昨年、益田木鶏クラブで、

NPO須佐元気なまちづくりネット様へ寄付をさせていただいたのを機に、

4月以降、お墓の前に、看板が設置される予定です。


われわれの活動が、益田市と萩市との架け橋になれば嬉しく思います!



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清掃活動終了後、須佐公民館の吉田館長が、

「みこと館」の展示物や、須佐町の法隆寺を案内して下さいました。


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法隆寺から見た益田家墓所。山の中腹にあります。


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日露戦争の時、日本海海戦で敗れたロシア兵33名が須佐町に流れ着き、

ここ法隆寺で3日間、町民がお世話をしたそうです。


そのロシア兵たちは、無事に国まで送り返されたのだとか。


和歌山県のエルトゥールル号遭難事件のような出来事が、

須佐町でもあったのですね。


こちらはその記念碑です。



以上、ご報告まで。



posted by 安野 広明 at 09:08| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする