2019年03月22日

Vol.2314「徒然草に学ぶ、中途半端であることの恐ろしさ」


『徒然草』といえば、

鎌倉時代に吉田兼好が書いたとされる随筆で、

日本三大随筆の1つとして有名です。



昔、学校の授業で習った、


「つれづれなるままに、日ぐらし硯に向かひて・・」


から始まる文章を

覚えていらっしゃる方も多いかもしれません。



実は最近、ある方に教わり、

改めて『徒然草』に触れる機会があったのですが、

その中の第188段に書いている文章が

とても興味深い。



詳しくは、

現代語訳付の朗読サイトを見つけましたので、

リンクを貼らせていただきます。


https://roudokus.com/tsurezure/188.html



私(安野)なりに(勝手に)超訳すると、


「あれもやりたい、これも準備しておこうと、

 中途半端に色々なことに手を出していると、

 何事も成せないまま、あっという間に年老いてしまう」


といった内容。



原文を読めば読むほど、

何だか既視感のある文章だな〜

と感じます。



いつの時代も、人々は、

似たようなことを繰り返し、

同じようなことで悩んでいるのですね・・。




そして、この『徒然草』にしてもそうですが、

人生の終わりに近づくほど、


「自分がこれまでの人生において、

 この道を追い求めて来たといえる何か」


が無いことを悔やむ人は多い

のではないでしょうか。



言い換えると、


「中途半端な生き方は、後悔しか生まない」


ということを、

数多くの先人が教えて下さっている

のだと思います。



であるとすれば、やはり、

(一社会人としては、)

まずは目の前の仕事に没頭してみるべきです。



中途半端だから何をしても楽しくない

のであって、

どんな仕事でも没頭・没入してみれば、

必ずや楽しさを見い出せるはず。



そのプロセスを経ることなく、

どこかに今よりもいい環境、楽園のような場所(!?)

があるんじゃなかろうかとフラフラしている人は、

中途半端なまま人生を終えるかもしれません・・。




まあ、どんな人生を送るのも

その人の勝手なのですが、

少なくとも私は、

人生の終盤で「後悔先に立たず」にならぬよう、先人の教えに学び、

いま目の前のある道を、よそ見をせずにしっかりと見据え、

追求していきたいと考えています。



何かのご参考までに。


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【本日のまとめ】

■ 日本三大随筆の1つである『徒然草』には、

  時代を超えた人々の悩みが書いてあった。

■ 「中途半端な生き方は、後悔しか生まない」

  ということは、

  数多くの先人が教えて下さっている。

■ 人生の終盤で「後悔先に立たず」にならぬよう、

  先人の教えに学び、

  いま目の前のある道を、よそ見をせずにしっかりと見据え、

  追求していきたいもの。


posted by 安野 広明 at 21:58| 島根 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする