2019年03月12日

Vol.2304「自分を編集し、自分を知るという営みが、人生に深みをもたらす」


私(安野)は、セミナー等で講師をつとめる時には、

必ず自分の声を録音し、

後日、できるだけ聴き直すようにしています。



そうすることで、

内容や話し方をブラッシュアップし、

次回、よりよいものにするためです。



そして、今は慣れましたが、

最初の頃は、


「え?これが自分の声?自分の話し方!?」


と、自分で自分に驚き、

なんだか恥ずかしくてまともに聴けなかった

と記憶しています・・。



同じように、

テープレコーダーに吹き込んだ自分の声を聴いたり、

ホームビデオに映った自分の姿を見て、


「え?これが自分!?」


とショックを受けたことのある方は、

少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。



それだけ、

自分のことすらよく分かっていないのが

現実なのです。




とはいえ、

私を含め、多くの人は、

「自分のことはよく分かっている」と錯覚し、

自分を疑うこともなく、

自らについて無知のまま生活しています。



まあ、それはそれで

幸せなことなのかもしれません。



ただやはり、個人的には、

もっと自分のことを知りたいですし、

その方が、

より密度の濃い人生を送れる気がしています。



そして、そのためにも必要なのは、

(当ブログで何度も書かせていただいているように、)


日々の中に、自分と向き合う時間をつくる


ということ。



内省日記でも何でもよいので、

冷静に自分の感情を見つめ、

言葉にして吐き出すと、

自分というものを客観的に知ることができる

のではないでしょうか。




さらに言えば、

いったん吐き出した上で、それらの中から


「未来につながる学びや気付き」


を拾い出せるとよいと思います。



それはあたかも、

自分で自分を編集していくようなもの。



何となく過ごす1日は、

編集の無い同人誌と同じで、

そのままではまとまりがなく、

ほとんど価値がありません。



そこを、1日の編集作業(=振り返り)を行うことによって、

小さいながら1冊の雑誌をつくる(=学びや気付きを言語化する)。



それを繰り返していくうちに、

週刊誌、月刊誌、季刊誌、年刊誌となり、

ゆくゆくは自分史が出来上がる

といったイメージです。



その自分史(=自分と向き合い、言語化してきた言葉の集積)

を編集していく過程で、

自分も知らなかった自分の姿、

それも1つではなく、いくつもの姿

を見つけ出すことができれば、

日々の生活、ひいては

人生に深みが増すのではないか。



そんなふうに考えています。




・・ちょっと分かりにくくてすいません(汗)


*************************************


【本日のまとめ】

■ 多くの人は、「自分のことはよく分かっている」と錯覚し、

  自分を疑うこともなく、自らについて無知のまま生活しているもの。

■ 自分史(=自分と向き合い、言語化してきた言葉の集積)

  を編集していく過程で、

  自分も知らなかった自分の姿が

  いくつも見つかるはず。

■ そのようにして自分を知ることで、

  人生に深みが増すのではないだろうか。



posted by 安野 広明 at 23:26| 島根 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする