2018年03月16日

Vol.1943「“与える”習慣によって、人間が磨かれる」


約3年前に、

「次世代リーダーの会」(*)主催の講演会で

潟Aイスブレイク代表取締役の中村信仁さんを

お招きした際、


「コンビニでお釣りをもらったら、そのうちいくらかを、

 ご浄銭だと思って、募金するといいよ」


と教わりました。


http://annokaikei.com/leader


<おすすめ本>

『営業の魔法』(中村信仁 著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4902969513/



当時、

「(それをすることに)どんな意味があるのかな〜?」

と思いつつも、

そこは、わりと素直な私(笑)。



コンビニでお釣りをもらい、

レジ横に募金箱があれば、


10円玉、5円玉、1円玉限定にはなりますが(汗)、

募金するよう心がけてきました。



ちなみに、

お金を募金箱に入れた際の

コンビニ店員の反応は、


「ありがとうございます」と笑顔で言ってくれる人、

「ありがとうございます」と目を見ずに言う人、

何も言わない人、

そもそも気付かない人


など、様々です。


(まあ、私も、これ見よがしではなく、

 さりげなく入れて帰るようにしているので、

 分かりにくいのかもしれませんけど・・)



ただ、

最初の頃は、店員から何の反応も無いと、


「せっかく寄付したのに・・」

「お礼くらい言うでしょ〜」

「なんか損した気分だな・・」


など、

感情に囚われることも多かった

のが正直なところ。



つまり、


何らかの見返りや反応を求めていた


ということです。



お恥ずかしい限りですが・・




それでも、

アドバイスを受けたからには

やり続けてみようと思い、

毎回、募金をしていると、


しだいに習慣化され、

店員の反応が気にならなくなり、

いまでは、お釣りを募金しないと気持ち悪いくらい

です。



私(安野)にとって、

この感覚をつかめたことは、

小さな成功体験になった

と思っています。



募金することを「与える」とかいうと

おこがましい気もするのですが、


「与える」行動を継続していくうちに

見返りを求めなくなり、


「するのが当然」(=しないと気持ち悪い)

という感覚に変わった訳ですので。



中村信仁さんは、

この感覚をつかんでもらいたくて、

アドバイスされたのかもしれません。




そして、ここでいう


「反応を期待しない」

「見返りを求めない」


というのは、人間関係でも同じ

ではないでしょうか。



自分がしてあげたことに対して、

常に相手からの反応を求めていると、


反応が無かった時、

イライラしてストレスが溜まるし、

自分が苦しくなります。



しかし、それでも諦めずに、

自分が「もらう側」ではなく

できる限り「与える側」に立ち続けていれば、どこかで、


見返りを求めるストレスから抜け出せる(=与えるのが習慣化される)


ような気がするのです。



この、抜け出すまでの過程において、

自分自身が磨かれるのは、

言うまでもありません。




求め続けてばかりだと、

自分が苦しくなります。



してもらったことには感謝し、

してあげたことは忘れる。



そんな境地に達することができれば、

ストレスなくコミュニケーションが図れる

のでしょうね。




上記の私の例は、

まだまだ小さな成功体験にすぎませんので、


これからも少しずつ

「与える習慣」を増やしていければ・・


と思った次第です。


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【本日のまとめ】

■ できる限り「与える側」に立ち続けていれば、どこかで、

  見返りを求めるストレスから抜け出せる(=与えるのが習慣化される)はず。

■ してもらったことには感謝し、

  してあげたことは忘れるのが理想的。








posted by 安野 広明 at 23:14| 島根 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする