2018年02月28日

Vol.1927「一流の人、器の大きい人の特徴」


昨日は、

「大阪・松岡会」(*)に参加。


*ご参照下さい。 
   ↓
Vol.1830「大阪・松岡会”での学び〜優しさのオーラをまとう」
http://bplan.seesaa.net/article/455081306.html



強行スケジュールでしたが、

尊敬するタニサケの松岡会長から

直々にお誘いいただいたので、


「ハイ! か Yes! か 喜んで!」
 

の精神で(笑)、足を運びました。




今回のゲスト講師は、

新宿調理師専門学校の校長であり

和食伝承家の、上神田(かみかんだ)梅雄先生。



上神田先生は、

約7年前に校長にご就任後、

毎朝8時に、自ら学校の入り口に立って

生徒たちに挨拶していらっしゃる

そうです。



そして、そのベースには、


生徒は専門学校にとってのお客様

でもあるのだから、

先生たちが偉そうにするべきではない。


もしも

生徒が挨拶してくれないなら、

まずは自分(=先生)たちが実践すべき


というお考えがあるのだとか。



なるほど、言われてみれば、

その通りかもしれません。



ただ、就任当初は、

他の先生からかなりの反発・抵抗を受け、

時には複数の先生がクーデターを起したことも・・。



それでも、粘り強く

継続された結果、

いままでとは見違えるほど

校風が変わったとのことでした。



トップの率先垂範が

組織に良い影響をもたらす

というのは、

どんな世界でも同じなんですね〜。




また、個人的に、

上神田先生のお話しの中で

興味深かったのは、


銀座の一流和食料理店で

料理長をされていた頃のエピソード。



そこは著名人がよく訪れるお店で、

お客さん同士が

裃(かみしも)を脱いでくつろぐことも多く、


必然的に、その人の「ありのままの姿」を

目のあたりにします。



そして、当時を振り返り、


「偉そうな人はたくさんいるけど、

 本当に偉い人は少ない」


とおっしゃっていました。



社会的な地位はあっても、


「お金を払っているから自分が偉い」


と勘違いしている、

チンピラみたいな人(!?)が多かったそうです。



ただ、割合的には少ないけれども、

成功されている著名人の中には、


お店に対しても偉ぶらず、

謙虚な態度を取られる方がいた

とのことでした。



一流料理人目線での

こういったお話しを聞いたのは

初めてだったので、


「そういうものなんだな〜」

と、深く考えさせられます・・。




そして同時に、やはり、

一流の人、器の大きい人

というのは、


▼ 相手によって態度を変えない、

▼ 陰日向なく、誰とでもフラットに接する、

▼ いつも謙虚さを忘れない


などといった特徴を持っているものだ


と、私(安野)自身、

これまでの出会いを振り返りながら、

改めて思った次第です。




その他にも

たくさんの気付きがございますが、

それらについてはまたの機会に。



上神田先生、そして貴重な機会を与えて下さった松岡会長に、

心より感謝いたします!


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【本日のまとめ】

■ トップの率先垂範が

  組織に良い影響をもたらすというのは、

  どんな世界でも同じ。

■ 一流の人、器の大きい人というのは、

  相手によって態度を変えない、

  陰日向なく、誰とでもフラットに接する、

  常に謙虚さを忘れない、

  などの特徴を持っている。









posted by 安野 広明 at 23:06| 島根 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

Vol.1926「言葉の受け取り方は、人それぞれ」


「手を打てば 鳥は飛び立つ 鯉は寄る

 女中茶を持つ 猿沢の池」



池のほとりにある茶屋で、

手を「パンパン」と叩くと、


鳥は驚いて飛び立つ、


池の鯉は、餌の合図とばかりに寄って来る、


茶屋にいる女中さんは、

注文がきたと思って茶を持っていく

という和歌で、


「一つの事にも様々な受け取り方がある」


ことを意味します。




これと同じく、

「発した言葉」に対しても、

受け取り方は人それぞれです。



私(安野)は、以前、

社員さんのことを慮って伝えたつもりの言葉が、

相手には、こちらの意図とは真逆の捉え方をされ、

驚いたことがあるのですが、


それだけ、

1人1人の見ている世界や解釈の仕方

は異なるのでしょう。



とりわけ、組織内で、

上の立場にいる人の言葉には

影響力がございますので、

注意する必要がありそうです。




経営者やリーダーは、


常日頃、よい言葉に触れることで

自分の言葉を磨いたり、


相手の立場に思いを致せるように

感性を磨いたり、


といった努力を欠かさず、

自らが発する言葉への意識を高めることで、


社内での円滑な意思疎通を

図りたいもの。




自戒を込めて、そんなことを考えました。



本日は、短めで。


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【本日のまとめ】

■ 発した言葉に対する受け取り方は、

  人それぞれである。

■ とりわけ影響力のある経営者やリーダーは、

  自らが発する言葉への意識を高めたいもの。









posted by 安野 広明 at 23:48| 島根 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月26日

Vol.1925「修行している人と未熟な人の差は?」


こちらの思うように部下が動かないのを見て苛立ったり、

上司やお客様に叱られて落ち込む

なんてことは、

誰にでもあります。



そして、そんな時は、

心が乱れ、感情のコントロールが難しくなるものです。



かくいう私(安野)自身、

人からは冷静に見られることが多いのですが、


それは、顔に出さないように

演じているだけであって、


心の中では、様々な事象が要因となり、

しょっちゅう乱れてます(汗)。



ただ、昔に比べ、

1つ1つの事象に囚われ、

心が乱れ続けることは、少なくなりました。



おそらく、

ブログや日記を活用して、

自分自身と向き合う習慣が身に付いたからではないか

と自己分析しています。




少し話しは変わりますが、

ある書籍の中で、

興味深い心理実験について書かれていました。



1人は、最近、座禅の修行を始めたばかりの若者。


もう1人は、永年、

禅寺での修行を積んだ禅師。


その2人に、座禅中の脳波の測定実験を行ったそうです。



最初、2人同時に、

座禅による瞑想状態に入ってもらい、

その脳波をそれぞれ測定したところ、

2人の脳波は、いずれも整然とした波形を示し始めます。


そこで、実験者は、

2人を驚かせるために、

突如、大きな音を立てたのです。


すると、2人の脳波は、いずれも

大きく乱れた波形を示しました。


すなわち、

永年の厳しい修行を積んだ禅師も、

修行の入り口の若者と同様、

その音によって心が乱れたのです。



しかし、実は、

その後の2人の脳波が、大きく違いました。


若者の脳波は、

音が静まった後もいつまでも乱れ続けますが、


禅師の脳波は、すみやかに、

もとの整然とした状態に戻ったのです。


*参考『深く考える力』(田坂広志 著)




この実験結果から、私は、

いくら修行しても心は乱れるけれども、


修行している人と未熟な人との差は、

心が乱れ(囚われ)続けるかどうかの差として出てくる


ことを教わりました。



生身の人間である限り、

「心が微動だにしない」

なんてことはあり得ないのです。




まあ、私の場合、

昔に比べたら心が乱れ続けなくなった

というだけであって、


まだまだ感情に振り回される未熟極まりない人間

でございますので、


座禅とまではいきませんが、

引き続き、ブログ等で、

自分自身と向き合う修行(!?)に

努めたいと思います。


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【本日のまとめ】

■ 心が乱れ、感情のコントロールが難しくなる

  ことは、誰にでもある。

■ 修行している人と未熟な人との差は、

  心が乱れ(囚われ)続けるかどうかの差として現れる。

■ ブログや日記で自分自身と向き合うことが、

  修行となるのではないだろうか。









posted by 安野 広明 at 23:59| 島根 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする