2017年10月20日

Vol.1796「その話し、自分ごと”として聞いていますか?」


先日、

致知出版社主催の『徳望塾』が開講され、

参加してきました。



これで5年連続となりますが、今回も、

藤尾社長やゲスト講師の皆様に、

学ばせていただきます!




午前中の、

中国古典『資治通鑑(しじつがん)』の講義で、

講師をおつとめになった

安岡正篤記念館所長の荒井桂先生が、


「中国古典を読む時には、

 自分が同じ立場ならどう考えるか?”

 と、我がことに置き換えながら読むといい」


とおっしゃられたのが、

印象に残りました。



確かに、

自分には関係の無いどこか遠い昔の話し

として読み聞きするのと、


「自分だったら・・」

という意識を持って読み聞きするのとでは、


同じ中国古典を読んでも、

気付きの量や記憶への刺さり度合いが

まったく異なるもの。



致知出版社の藤尾社長からは、いつも、


「歴史と古典と人物の研究をしないリーダーには、見識が生まれない」


と教わっていますので、


これからも自分ごとに置き換え、

古典に学ばせていただこうと思います。




また、このことは、

仕事についても同じです。



経営者や他のメンバーの話しを、


「またなんか言っとるな〜」


くらいの感覚で聞く(=聞き流す)のか、


「自分ごと」に置き換えて聞くのかで、


本人の気付きや行動は

まったく変わってくるはず。



いつも「他人ごと」として聞いている人は、

気付きの量も少ないし、行動は変わらないし、


結果として

成長が止まってしまうのは当然でしょう。




どんなことでも、


「他人ごと」ではなく「自分ごと」に置き換える習慣


を身につけたいものです。




自戒を込めて・・(汗)


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【本日のまとめ】

■ 中国古典を「自分ごと」として読み聞きすれば、

  気付きの量や記憶への刺さり度合いがまったく異なる。

■ どんなことでも、

  「他人ごと」ではなく「自分ごと」に置き換える習慣

  を身につけたいもの。










posted by 安野 広明 at 23:58| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする