2017年06月20日

Vol.1674「土台が無ければ心には響かない」


ご承知のとおり、

書家である相田みつを氏の書体は、

独特な崩し字で、


「これなら自分にも書けるかも(!?)」


と思ったことがあるのは、

私(安野)だけではないはずです。



しかし、実際には、

19歳で書家の岩沢渓石氏に師事し、

30代で毎日書道展に連続入選するなど、

当時は、将来を嘱望された若手書道家でした。



ある時、

専門家でなければ理解しにくい書のあり方に疑問を抱き、

独特の書体で、短く平易な自らの言葉を書く作風

を確立されたそうです(ウィキペディアより抜粋)。



先日、『相田みつを美術館』を訪れた際にも、

若い頃に書かれた作品が展示されていましたが、

他の作品とは異なり、

(ど素人の私が言うのも何ですが、)

それはもう美しい書体でした。



やはり、「守破離」でいうところの、

「守」の部分、すなわち、

「基礎」や「土台」となる部分があった上で

独自の文字を書くからこそ、

味が出るし、心に響くのですね。




しかも、その土台を築き、固めるまでに、

相当な年月を費やし、かつ、

圧倒的な量をこなしていらっしゃいます。



相田氏は作品に対して妥協を許さず、

「逢」というたった一文字を書くために何百枚何千枚と紙を使用したり、

印刷のわずかなズレや墨の色の微妙な違いから

印刷済みの色紙千枚がボツになったこともあった

ようなので、

その量たるや、想像を絶します。



まさに

「量は質を凌駕する」(*)

の世界です。



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1030「その苦手意識は、単なる“練習不足”かもしれない」
http://bplan.seesaa.net/article/426127783.html



「このくらいなら書けそう」

と錯覚した自分が恥ずかしい・・




また、このことは、

普段、われわれが発する「言葉」にも

置き換えることができます。



人前で話しをする際、

それがどんなに立派な内容であっても、

とってつけたようにしか聞こえない人と、


さりげない一言でも、

言葉に味があり、心に響く人


とがいらしゃるもの。



おそらく両者の差は、


「思考の土台」ができているかどうか


だと思います。



「土台」ができていない人が

いくら本やネットで調べた名言・格言を口にしても、

あたかも

相田みつを氏の字を素人が真似ている

かの如く、

そこに深みや味わいや説得力は生まれない

のです。



では、どのようにして

「思考の土台」を築くのかというと、

やはりそれは、


日々の習慣の中で、土台を踏み固めていく


しかありません。



具体的には、


まず行動を起こし、そこから感じたことと

丁寧に向き合い、思考を深める


という営みを繰り返すのです。



実は、私がこうして

毎日ブログを書き続けているのも、

「思考の土台」を固めるため

だったりします。



私の場合、まだまだ土台が脆く、

発する言葉にまったく重みが無い(涙)

のが、玉にきずではありますが・・。




それでも手を抜かずに継続していけば、

いつかは

発する言葉にパワーが宿り、説得力が生まれ、

相手の心に響くようになるのではないか

と考えています。



見せかけではない、

土台のある人物を目指したいものです。


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【本日のまとめ】

■ 「思考の土台」ができていない人が

  いくら本やネットで調べた名言・格言を口にしても、

  そこに深みや味わいや説得力は生まれない。

■ まず行動を起こし、そこから感じたことと

  丁寧に向き合い、思考を深める

  という営みを繰り返す。

  そうやって「思考の土台」が固まれば、

  発する言葉にパワーが宿り、説得力が生まれ、

  相手の心に響くようになるはず。










posted by 安野 広明 at 22:11| 島根 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする