2017年05月11日

Vol.1634「“選択すること”は、“選ばなかった未来を捨てること”でもある」


「もしもあの時、別の選択をしていたらどうなっていただろう」


と考えることは、

誰にでもあると思います。



ちなみに、私(安野)にとって

最も印象深い「あの時」は、

平成20年10月、東京から益田へのUターンを決めた時のこと。



緊急事態だったこともあり、

冷静に判断する余裕が無かった

というのが正直なところですが(汗)、

いまでは当時の選択をまったく後悔していません。



ただ、決断するということは、


選ばなかったすべての未来を捨てる


ということでもありますので、

もしもあのまま東京で働いていたら

自分はいま何をやっているのだろう・・

と思ったりはします。



それと同時に、最近感じるのは、

上記のような大きな選択もそうですが、


地味で目立たない日常的な選択や意思決定もまた、

長い目で見れば

人生に多大な影響を与えるのではないか

ということ。



例えば、


▼ 朝、目が覚めた後、二度寝をするかしないか

▼ 仕事で気がかりなことを、先延ばしにするかしないか

▼ 仕事が終わって、とりあえず1杯やるかやらないか

▼ 家に帰ってテレビをつけるかつけないか

▼ 寝るまでに、本を読むのか読まないか


などなど。



些細なことかもしれませんが、

1つ1つについて別の選択をすれば、

異なる未来が待っていることは事実です。




無限にある選択肢も、

選択や意思決定した瞬間から、

1つの未来だけが現実化する。



人生とは、そういった選択の繰り返し

なのだと思います。




そのように考えると、


「いつもやっているから・・」

とか

「みんなもやっているから・・」


などという惰性的な理由で

なんとなく選択したり、意思決定する

というのは、

いかがなものでしょうか。



自分の選択は、


選ばなかったすべての未来を捨てている


という感覚を持ち、

後悔しない選択を心がけたいものです。




自戒を込めて・・。


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【本日のまとめ】

■ 地味で目立たない日常的な選択や意思決定も、

  長い目で見れば、人生に多大な影響を与える。

■ 自分の選択は、

  選ばなかったすべての未来を捨てている

  という感覚を持ち、

  後悔しない選択を心がけたいもの。





posted by 安野 広明 at 16:40| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする