2017年04月23日

Vol.1616「教える側・育てる側に求められる、忍耐力」


暖簾に腕押し、糠(ぬか)に釘、沼に杭、

砂漠に蒔いた水、大河の一滴。



会社を経営していると、

様々な場面で

そういった言葉が脳裏をよぎります。



そして

「(自分がやっていることは、)あまり意味ないのかな〜」

と虚しさを感じる・・。



おそらく、

人材育成に携わったり、

組織をマネジメントする立場の人であれば、

誰でも似たような悩みをお持ちでしょうし、


相手に期待すればするほど、

思い通りに行かない現実に嘆きたくなるはずです。




ただ、結論からすると、


「期待通りにならなくても、まあ、そういうもの」


と割り切るしかない

と思っています。



そもそも人の期待は、


▼ 「そうなったらいいな」と純粋に期待するだけのレベル



▼ 「そうならねばならない」と自分の期待を押し付けるレベル


とに細分化できるそうです。



そして

前者であればよいのですが、

後者が強くなってしまうと、


「自分は正しい。相手は間違っている。

 だから自分の思い通りに相手をコントロールしよう」


という意図が働きます。



そういう人は、もしかすると、


「部下は上司の言うことを聞くはず(べき)だ」

「妻は夫の言うことを聞くはず(べき)だ」

「子は親の言うことを聞くはず(べき)だ」


などと錯覚している

のかもしれません。



そうなると、

相手の意思や行動を尊重できませんし、


あまりに度が過ぎれば、

相手が遠ざかったり、

強く抵抗されたりするでしょう。




したがって、

自分の行動が暖簾に腕押し状態だった時には、

いったん凹むのは仕方ないとして(汗)、その後で、


「じゃあ、今度はもう少し違った伝え方をしてみよう」

とか

「もう少し相手を信頼して待ってみよう」

などと、


自分の行動にフォーカスするしかありません。



そして、そのためにも、

教えたり育てたりする側の人間は、


(受け身ではない主体的な)「忍耐力」や「精神力」


を、鍛え続けなければならない

と考えています。



日々、精進あるのみですね・・。


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【本日のまとめ】

■ 相手に期待すればするほど、

  思い通りに行かない現実に嘆きたくなるもの。

■ 自分の行動が暖簾に腕押し状態だった時には、

  「じゃあ、今度はもう少し違った伝え方をしてみよう」

  とか

  「もう少し相手を信頼して待ってみよう」

  などと、

  自分の行動にフォーカスするしかない。

■ そのためにも、教えたり育てたりする側の人間は、

  (受け身ではない主体的な)「忍耐力」や「精神力」

  を、鍛え続けなければならない。

  







posted by 安野 広明 at 16:06| 島根 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする