2017年03月25日

Vol.1587「“小さな無責任”を放置しない」


▼ 誰かがやるだろう

▼ 自分1人くらい大丈夫だろう

▼ 今回はやらなくてもいいんじゃないか

▼ まあ、この辺で手を抜いておこう

▼ どうせ誰も気付かないだろう



こういった、1人1人のちょっとした気の緩み、

言い換えると、


たいして悪気はないけれども無責任な行為(=小さな無責任)


は、やがて


無責任が蔓延した組織(=大きな無責任)を生み出す


と考えています。




人間、誰しも、

(本能的に)楽を選びたいもの。



しかし、そちら側(=楽な方)に

意識を奪われ続けた結果として待っているのは、

いつまでも自立できず、

何か(誰か)に依存しなければ生きていけない、

そういった人生かもしれません。



そして、依存タイプの人間

が集まった組織からは創造性が失われ、

成長スピードも鈍化し、

時代の波にのまれていくのは

想像に難くないでしょう・・。




少し話しは変わりますが、

小さい子供がズルや悪さを隠していても、

人生経験が長く、その子の性格を熟知している親には

見えている(気付いている)ものですよね。



それと同じように、

自分では誰にも気付かれていない

と思い込んでいても、

見えている人には見えている(気付いている人は気付いている)

ということは、よくあると思います。



例えばそれは、

上司だったり、社長だったり、お客様だったり、

両親だったり、場合によってはご先祖(!?)だったり。




したがって、

誰にも見られていない時でも、


「常に誰かに見られている」


といった感覚を持ち、

「小さな無責任」を放置しない心の強さを

身に付けたいものです。




自戒を込めて。


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【本日のまとめ】

■ 1人1人の、たいして悪気はないけれども無責任な行為(=小さな無責任)

  は、やがて

  無責任が蔓延した組織(=大きな無責任)を生み出す。

■ 誰にも見られていない時でも、

  「常に誰かに見られている」

  といった感覚を持ち、

  「小さな無責任」を放置しない心の強さを

  身に付けたいもの。








posted by 安野 広明 at 22:59| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする