2017年03月07日

Vol.1569「“読書”で“見える世界”を広げることの意味」


例えば、

南国の海で遊んでいたら、

突如、ウミガメが現われたとします。



ウミガメは日本人にとって馴染みのある生き物ですので、

つついてみたり、触ってみたり、

浦島太郎よろしく甲羅の上に乗ろうとしてみたり(!?)

する人がいるかもしれません。



きっと昔の私(安野)であれば、

同じことをするでしょう。



しかし以前、ある本の中で、ある事実を知り、

考えを改めました。



というのも、

ウミガメは集団で生きているそうなのですが、

ウミガメに人間が触れると

人間の匂いがついてしまって、

その後、仲間の元に帰っても

集団には入れてもらえなくなるんだとか。



いわゆる、仲間外れになる訳です。



しかもカメは寿命が長いため、

死ぬまでの間、孤独な生涯を過ごすことになります。



う〜ん、切なすぎる・・




このように、

自分の興味本位や主観に基づいてとった行動が、

その対象や相手にどのような影響を及ぼすのかを

知識として知らないがために、


結果として「悲劇」や「不調和」が生じる

なんてことは、

日常の中で往々にして起こっている気がします。



もちろん、

真実は当の本人でなければ分かりません。



先ほどの例で言えば、

仲間外れになったウミガメが悲しむのかどうかなんて

私の想像に過ぎません。



ただ、知識さえあれば、


ある程度まで想像力を働かせることによって、

自らの行動を選択できる(例:ウミガメに触れないようにする)


というのも、また事実。




知っていると見えるけど、

知らないと見えないことが、

世の中にはたくさんあるのです。




したがって、

継続的に知識を増やし、「見える世界」を広げていくこと

が大切なのは、

言うまでもありません。



そして

そのための最も有効な手段が、「読書」

だと考えています。



「読書」は、

自分のためだけではなく、

相手のためにもなり得る、

波及効果の高い習慣なんだな〜と、

改めて思いました。


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【本日のまとめ】

■ 自分の興味本位や主観に基づいてとった行動が、

  その対象や相手にどのような影響を及ぼすのかを

  知識として知らないがために、

  「悲劇」や「不調和」が生じてしまう。

■ 知っていると見えるけど、知らないと見えないことが、

  世の中にはたくさんある。

■ 「読書」は、自分のためだけではなく、

  相手のためにもなり得る、波及効果の高い習慣

  と言えるのではないだろうか。









posted by 安野 広明 at 19:04| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする