2017年01月10日

Vol.1513「“自分と向き合う時間”の欠如が、“他責思考”を生み出す」


20世紀初めに発行され、

当時の世界的なベストセラーとなった

『自分の時間』(アーノルド・ベネット著)という本の中に、

以下の記述があります。



ここから

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心正しき平均的な現代人の生活に

何よりも欠けているのは、内省的気分

であるのは間違いない。



われわれは自分のことを

振り返って考えることをしない。



つまり、

自分の幸福とか、自分の進もうとする道、

人生が与えてくれるもの、

いかに理性的に決断して行動しているか(あるいは、していないか)、

自分の生活信条と実際の行動の関係など

本当に大切な問題について、


自分というものを見つめることをしていない。


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ここまで



この文章を読む度に、

「発行当時から100年経った現代でも、全くその通りだな〜」

と、頷かざるを得ません。



多くの人が

幸せになりたいとか成功したい

とは願っているものの、そもそも


自分にとっての幸せとは何なのか?



自分がどこに向かい、何を成し遂げたいのか?


といったことを

あまり深く考えていないように

感じるのです(私を含め)。



であるからこそ、

1日のどこかで

「自分と向き合う時間」を確保する必要がある

と思っています。




また、同著によると、

人間というのは

理性的な生き物のようで、その実、


理性よりも本能に従って生きている


のだとか。



したがって、

自分を振り返る時間が少なくなればなるほど、

ますます本能的な側面が強くなる

そうです。



これはあくまで私見ですが、

人が本能に従えば、


できるだけ楽することを考えるでしょうし、

自己正当化して他人のせいにしたり、

自分に不足しているものを他人から奪おうとしたり

など、

ろくなことにはならない気がします。



そういう意味で、

「自責」ではなく「他責」思考で生きている人は、

理性よりも本能的な側面が強い

と言えるのかもしれません。




心のベクトルを(他人ではなく)自分に向け、

理性によって自らを律するためにも、


与えられた24時間の使い方を

いま一度見直したいものです。


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【本日のまとめ】

■ 「自分と向き合う時間」が欠如しているのは、

  100年前でも現代でも同じである。

■ 自分を振り返る時間が少なくなればなるほど、

  本能的な側面が強くなり、

  「他責」思考が生まれるのではないだろうか。

■ 理性によって自らを律するためにも、

  与えられた24時間の使い方を

  いま一度見直したいもの。











posted by 安野 広明 at 07:39| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする