2016年12月20日

Vol.1492「人生という巨大迷路をどのように克服するか?」


1980年代、日本各地で巨大迷路ブームが起こり、

最盛期には100個以上の巨大迷路があったそうです。



しかし、一過性のブームに終わったため、

現在残っているのは、数十カ所なのだとか。



そう考えると、

益田市匹見町に残っている巨大迷路(*)は

けっこう希少なんですね〜。



*ご参照下さい。
  ↓
http://www.all-iwami.com/modules/guide/index.php?action=SpotView&spot_id=417#.WFlKIZe7pMs



小学生の頃、親に連れられて挑戦した時には

かなり迷った記憶がありますが、

大人になった今、改めてチャレンジしたらどうなんでしょう?



先日、匹見方面を訪れた際、

ふとそんなことを思い、

「巨大迷路、やってみない?」

と、子供たちを誘ってみたところ、

(他の遊びに夢中だったこともあり、)

「1人でやってよ」

と、にべもなく断られました(汗)。



さすがに1人でやる勇気は無かったので、

その時は断念しましたが、

いつかもう1度チャレンジしてみたいと

目論んでおります(笑)。




それはさておき、

人生というのは、あたかも「巨大迷路」のようなもの

だと感じることがあります。



「この道が正しい!」

と確信し、意気揚々と進んだ先が行き止まりだったり、

「この道であってるのかな〜」

と不安になりつつも進んでいくうちに

予期せぬ抜け道が見つかったり・・

なんてところは、

似ているのではないでしょうか。



そして、多くの人にとって、

(人生の)巨大迷路のルートは、

世間一般の「常識」や「価値観」によって決まってくる

ような気がします。



「ふつうは、この道を選ぶでしょ〜」

とか

「この道は行かないでしょ、ふつ〜」

みたいな感じで(笑)。



しかし、そもそも

「ふつう」って一体何なのでしょうか?



いまは「ふつう」でも、

時代の価値観の変化に伴い

「非常識」になることだってあるはずです。



そんな諸行無常の価値観に振り回されていては、

それこそ人生の迷路に迷い込んでしまうかも・・




だからこそ、

誰かがつくった道(=世間一般の常識や価値観によってつくられた道)を進むのではなく、


「自分で道をつくる」


という発想が大切です。



ちなみに、

実物の巨大迷路と人生のそれとに

違いがあるとすれば、

(人生の巨大迷路では、)


一見、「壁」にしか見えなくても、

そこから逃げずに向き合えば、ある時、

その「壁」が、次のステージへ踏み出すための「扉」になる


ということ。



そうやって

「壁」を「扉」に変えてしまえば、

独自の道が拓かれると思います。




世間の人々が、


「この道の先は行き止まりみたいだから、別の道を探そう」


と避けて通りそうな道でも、あえて進み、

独自の道をつくることができれば、

人生の巨大迷路は、いつの日か

克服できるのかもしれません。




そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 人生というのは、「巨大迷路」のようなものである。

■ 人生の巨大迷路では、一見、「壁」にしか見えなくても、

  そこから逃げずに向き合えば、ある時、その「壁」が、

  次のステージへ踏み出すための「扉」になる。

■ 世間の価値観に囚われず、独自の道を拓いて行けば、

  人生の巨大迷路は、克服できるのかもしれない。










posted by 安野 広明 at 23:51| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする