2016年12月02日

Vol.1474「最終的には、人が環境をつくる」


「環境が人をつくる」

と言われます。



先日のエントリ(*)でも書かせていただいたように、

人間は、自分の目で見ているものに

気持ちがだんだんと似てくるからです。



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1467「常日頃、どんな風景を目にしていますか?」
http://bplan.seesaa.net/archives/20161125-1.html



したがって、

会社であれば社内の環境整備(整理、整頓、清掃)、

地域であれば地域の環境整備(清掃活動等)が大切になるのは

言うまでもありません。



ただ、いくらそういった

ハード面での環境が整っていても、

そこで働く社員や地元の住民が

不平不満を漏らしたり、互いに批判したり、

足を引っ張り合ったり、協力する気が無かったりすれば、

きっと人は育たないでしょう。



そういう意味では、

「環境が人をつくる」

とは別に、

「人が環境をつくる」という側面もある

ような気がしています。



つまり、

「花には蝶が、ドブにはネズミが集まる」

という格言(?)の通り、


「そこにどんな人がいるのか?」


によって、

引き寄せられてくる人の質や

もともといた人の意識が変わり、その結果、

その場で熟成される文化、風土、空気感などの

ソフト面での環境が、

まったく違うものになると思うのです。




まあ、「環境」と「人」とは、

「卵」が先か「鶏」が先かみたいな関係性

なのかもしれませんが、

私は、突き詰めると、


「人が環境をつくる」


に行き着くのかな〜と考えています。




「野山の獄」という監獄を

「刑罰を受ける場所」から「学びの場」に変えてしまった、

あの吉田松陰のように・・



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1313「野山獄のエピソードから学べること」
http://bplan.seesaa.net/article/439340778.html


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【本日のまとめ】

■ 「環境が人をつくる」とは別に、

  「人が環境をつくる」という側面もある。

■ 突き詰めて考えると、

  「人が環境をつくる」に行き着くのではないだろうか。








posted by 安野 広明 at 14:15| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする