2016年12月22日

Vol.1494「“もう、聞き(読み)飽きたわ〜”と思ったら要注意」


セミナーや研修に参加した際、正直、


「似たようなお話しを、前にもどこかで聞いたことがあるな〜」


と思うことはあります。



とりわけ、その内容が

(抽象度の高い)「原理原則」系の場合、

よくありがちです。



そして、そんな時に、

「あ〜、知ってる、知ってる」

とか

「この話しはもう、聞き飽きたわ〜」

などと、

口に出さずとも内心で思ってしまう人は、要注意。



そういう人は、おそらく、

知識として知っているけれども実践しておらず、

同じところで留まっているタイプです。




「知る」と「やる」とには天地ほどの差があり、

日常の中で実践していれば、

何かしらの学びや気付きが得られます。



したがって、

同じ話しを聞いても「感じ方」が変わるはず

ですし、

もしも前回と「感じ方」が全く変わらないとすれば、

自分自身が成長できていない証拠

と解釈すべきでしょう。




意識が高く、成果を出している人ほど、

(例えば中国古典のような)「原理原則」系の本を

飽きることなく何度も何度も

読み返していらっしゃるものですが、


それはきっと、その人が、

実践を通じて成長し続けているから

なんだと思います。




「もう聞き飽きた(読み飽きた)」


として

分かった気になるのではなく、


「(感じ方が変わらない自分は、)まだまだ実践が足りない・・」


と反省できる人こそ、

成長するのではないでしょうか。




自戒を込めて、

そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 学びを実践していれば、

  同じ話しを聞いても「感じ方」が変わるはず。

  もしも前回と全く変わらないとすれば、

  自分自身が成長できていない証拠である。

■ 「(感じ方が変わらない自分は、)まだまだ実践が足りなかった・・」

  と反省できる人こそ成長する。










posted by 安野 広明 at 18:02| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

Vol.1493「事業経営の初期段階は、深淵(しんえん)に臨むが如く、薄氷を履(ふ)むが如し」


昨日は、

致知出版社主催の『徳望塾』に参加。



安岡正篤記念館副理事長兼所長の荒井桂先生、

ナノ医療イノベーションセンター センター長の片岡一則先生、

そして

致知出版社の藤尾秀昭社長より、

約6時間に渡り、

みっちりと学ばせていただきました。



それにしても、この『徳望塾』、

ご登壇される講師陣はさることながら、

受講生のレベルがかなり高く、

私(安野)のような未熟者は、毎回、

身が縮む思いがします(汗)。



でもきっと、この

(よい意味での)居心地の悪さが自己成長につながる

と信じ、

いただいたご縁を大切にしていきたい

と思います・・


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昨日の藤尾社長のお話しの中で、

特に印象に残った言葉があります。



それは、中国古典『孝経』にある一節で、


「戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)として、

 深淵(しんえん)に臨むが如く、

 薄氷(はくひょう)を履(ふ)むが如し」


というもの。



「おそるおそる慎重に、

 深い淵を覗き込む時のように、

 薄い氷の上を歩く時のように

 (父母から授かった自分の体を大切にしなさい)」


という意味だそうです (インターネットより一部抜粋)。



そして、この一節は、


「経営をしていく上で不可欠な要素」


だと教わりました。



(あまり詳しくはお話しされませんでしたが、)私なりに、


「経営者は、(組織を守るため、)

 自己の健康管理に慎重でなければならない」


という趣旨と、


「事業を行う際にも、

 深い淵を覗き込む時のように、

 薄い氷の上を歩く時のように、

 慎重に慎重を重ねて臨まなければならない」


という2つの趣旨が含まれている

と理解しました。




この点に関しては、


「そんな慎重にやっていたら、時代の変化に対応できない」


「やってみなければ、上手く行くかどうかなんて分からない」


という見方もあるでしょう。



確かに、

いくら慎重を期しても、

行動を起こさなければ何も始まりませんので、

その通りだと思います。



とはいえ、

あまりに事前準備を疎かにして、

ある意味、ノリと勢い(!?)で新規事業や起業をされる方

をたまにお見かけしますが、

それはそれでいかがなものでしょうか。



資金的に余裕があるのであればまだしも、

もしもそうで無いとすれば、

そこでの失敗は致命傷になりかねません・・。



それこそ、


「深い淵を覗き込む時のように、

 薄い氷の上を歩く時のように、」


慎重に慎重を重ねてあらゆるリスクを想定し、

事前対策をしておくべきです。




少なくとも

新規事業や起業を行うに当たり、

事業構造を確立するまでの初期段階においては、


あらゆる視点から問いを立て、

思考実験を繰り返し、

(できれば)小さくPDCAサイクルを回してみた後、


「これはいける!」


と判断したら、一気呵成に取り組む

といったスタンスが望ましいのではないか

と考えております。




本日は、備忘録を兼ねて。


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【本日のまとめ】

■ とりわけ新規事業や起業に当たっては、

  「深い淵を覗き込む時のように、薄い氷の上を歩く時のように、」

  慎重に慎重を重ねてあらゆるリスクを想定し、

  事前対策をしておくべきではないだろうか。










posted by 安野 広明 at 23:53| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

Vol.1492「人生という巨大迷路をどのように克服するか?」


1980年代、日本各地で巨大迷路ブームが起こり、

最盛期には100個以上の巨大迷路があったそうです。



しかし、一過性のブームに終わったため、

現在残っているのは、数十カ所なのだとか。



そう考えると、

益田市匹見町に残っている巨大迷路(*)は

けっこう希少なんですね〜。



*ご参照下さい。
  ↓
http://www.all-iwami.com/modules/guide/index.php?action=SpotView&spot_id=417#.WFlKIZe7pMs



小学生の頃、親に連れられて挑戦した時には

かなり迷った記憶がありますが、

大人になった今、改めてチャレンジしたらどうなんでしょう?



先日、匹見方面を訪れた際、

ふとそんなことを思い、

「巨大迷路、やってみない?」

と、子供たちを誘ってみたところ、

(他の遊びに夢中だったこともあり、)

「1人でやってよ」

と、にべもなく断られました(汗)。



さすがに1人でやる勇気は無かったので、

その時は断念しましたが、

いつかもう1度チャレンジしてみたいと

目論んでおります(笑)。




それはさておき、

人生というのは、あたかも「巨大迷路」のようなもの

だと感じることがあります。



「この道が正しい!」

と確信し、意気揚々と進んだ先が行き止まりだったり、

「この道であってるのかな〜」

と不安になりつつも進んでいくうちに

予期せぬ抜け道が見つかったり・・

なんてところは、

似ているのではないでしょうか。



そして、多くの人にとって、

(人生の)巨大迷路のルートは、

世間一般の「常識」や「価値観」によって決まってくる

ような気がします。



「ふつうは、この道を選ぶでしょ〜」

とか

「この道は行かないでしょ、ふつ〜」

みたいな感じで(笑)。



しかし、そもそも

「ふつう」って一体何なのでしょうか?



いまは「ふつう」でも、

時代の価値観の変化に伴い

「非常識」になることだってあるはずです。



そんな諸行無常の価値観に振り回されていては、

それこそ人生の迷路に迷い込んでしまうかも・・




だからこそ、

誰かがつくった道(=世間一般の常識や価値観によってつくられた道)を進むのではなく、


「自分で道をつくる」


という発想が大切です。



ちなみに、

実物の巨大迷路と人生のそれとに

違いがあるとすれば、

(人生の巨大迷路では、)


一見、「壁」にしか見えなくても、

そこから逃げずに向き合えば、ある時、

その「壁」が、次のステージへ踏み出すための「扉」になる


ということ。



そうやって

「壁」を「扉」に変えてしまえば、

独自の道が拓かれると思います。




世間の人々が、


「この道の先は行き止まりみたいだから、別の道を探そう」


と避けて通りそうな道でも、あえて進み、

独自の道をつくることができれば、

人生の巨大迷路は、いつの日か

克服できるのかもしれません。




そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 人生というのは、「巨大迷路」のようなものである。

■ 人生の巨大迷路では、一見、「壁」にしか見えなくても、

  そこから逃げずに向き合えば、ある時、その「壁」が、

  次のステージへ踏み出すための「扉」になる。

■ 世間の価値観に囚われず、独自の道を拓いて行けば、

  人生の巨大迷路は、克服できるのかもしれない。










posted by 安野 広明 at 23:51| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする