2016年11月22日

Vol.1464「伝える側が意識したい、自制心のフィルタ」


私(安野)が毎日ブログを書いているのは、

誰かに何かを伝えているというよりも、

自分自身に言い聞かせるため

だったりします。



とはいえ、公の目に触れる以上、

頭の中で思ったことを

そのまま吐き出すのではなく、一応、

人を傷付けたり、失礼な言い回しにならないよう、

それなりに配慮しながら

文章を書いているつもりです。




このようなインターネットへの投稿

と言えば、

(普段はほとんど見ることがありませんが、たまに間違って)

ネットに書き込まれた

(特定の人に対する)誹謗中傷などを目にすると、

自分のことでなくとも

けっこうブルーな気分になります。



ネットの場合、

本人を目の前にしないため、

頭の中で考えたことが

何のフィルターも通さず(=自制心が働かず)に、

そのまま吐き出されやすいのでしょう。



おそらく

感情を持つ生身の人間を目の前にすれば、

まったく同じことを書けない(言えない)はずです。



しかし、結果として

そんな心無い書き込みによって

多くの人が傷付けられているとすれば、

とても残念に思います。




また、生身の相手を目の前に、

人格を否定するような酷い言葉を使う人

もいますが、そういう人は、


「同じ言葉をその人の家族の前でも言えるか?」


というフィルターを通すべきだと思います。




言葉は時に凶器となり、

言われた側は、いつまでも心に傷が残ることも・・。



伝える側は、

慎重に言葉を選びたいものです。




頭で思ったことを本能のまま口に出す

子供たちの姿を見ながら、

そんなことを感じました(笑)。


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【本日のまとめ】

■ ネットの場合、本人を目の前にしないため、

  頭の中で考えたことが、何のフィルターも通さず(=自制心が働かず)に

  そのまま吐き出されやすい。

■ 言葉は時に凶器となり、

  言われた側は、いつまでも心に傷が残ることもある。

■ 伝える側は、慎重に言葉を選びたいもの。








posted by 安野 広明 at 18:44| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする