2016年09月30日

Vol.1411「過去の自分を恥じることの意味」


過去に

自分が人前で話したことをふと思い出して、


「けっこう恥ずかしい内容を(偉そうに)しゃべっとったな〜(汗)」


と、

穴があったら入りたい気持ち

になることがあります。



その時は、自分なりに

精一杯話したつもりなのですが、

いまになって振り返ると、

「いや〜、未熟極まりない・・」

みたいな。



そして、現在進行形で、

いま、お話しさせていただいている内容も、

きっと数年後には


「穴があったら入りたいくらいに、恥ずかしい・・」


となるのでしょう(笑)。



でも、私(安野)は、

恥ずかしく感じること自体は

決して悪いことではない

と思っています。

(開き直りではありません!)



なぜなら、それは、

多少なりとも

当時の自分よりは成長できている証拠だから。



むしろ

過去の出来事をいつまでも

誇らしげに語っている方が、

危険でしょう。



その人の成長は、

過去の一時点から止まっている

可能性がありますので。




いくつになっても

過去の自分の未熟さを

恥ずかしく思える自分でありたい。



そのためにも

いまの自分にできる精一杯の努力をして、

成長の階段を昇り続けたい。




秋の夜長に、

そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 過去の自分の言動を恥ずかしく思うのは、多少なりとも、

  当時の自分よりは成長できている証拠である。








posted by 安野 広明 at 19:32| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする