2016年09月26日

Vol.1407「ベクトルを自分に向けない限り、“自己重要感”は満たされない」


昨日のエントリ(*)でも少し触れましたが、

人は、自らの「自己重要感」が満たされないと、

相対的に「自己重要感」を高めるべく、

他人を貶めようとします。



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1406「“志”和ごころ塾、無事に修了しました」
http://bplan.seesaa.net/archives/20160925-1.html



すなわち、


「あいつがやっていることは、〇〇なところがダメだ」


と、他人の粗を探して批判したり、下に見ることによって、


「そんなあいつよりも、自分の方がまし」


という「自己重要感」の満たし方

をするのです。



しかし、これでは、

他人を傷つけるばかりか、

自分が力を身に付けたり、成長する

ということにはつながりません。



また、そういうやり方で

「自己重要感」を満たしたところで、

効果は一時的に過ぎないでしょう。



したがって、

そんな無意味なことはやめるべき

だと思います。




ではどのようにして

自らの「自己重要感」を高めるのか?



その方法の1つに、


自分が尊敬する人の「言葉」を持っておくこと


があります。



先日の「志」和ごころ塾では、

白駒妃登美先生から、


「世の人は我を何とも言わば言え 

 我が為すことは我のみぞ知る」


という坂本龍馬の言葉を教えていただきました。



自分なりに挑戦している過程で

孤独や虚しさを感じた時、すなわち、

「自己重要感」が満たされなくなった時に、

勇気の出る言葉ですよね。



私(安野)は、個人的に

吉田松陰のファンなので、

似たような意味の、


「世の人は よしあしごとも言わば言え

 賤(しず)が誠は 神ぞ知るらん」


という言葉を胸に刻み、

人生の指針にしようと

考えています。


*賤(しず)=「自分」を卑しめた言い方




心のベクトルを

他人ではなく自分に向けて、

自分自身と向き合わない限り、

本当の意味での「自己重要感」は満たせない。



そんなことを強く思う今日この頃です。


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【本日のまとめ】

■ 人は、自らの「自己重要感」が満たされないと、

  相対的に「自己重要感」を高めるべく、

  他人を貶めようとするもの。

■ ただし、心のベクトルを

  他人ではなく自分に向けない限り、

  本当の意味での「自己重要感」は満たせない。








posted by 安野 広明 at 20:18| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする