2016年06月15日

Vol.1304「解釈力を磨き、すべてを血肉化していく」


最近、


「仕事や人生に役立たないものは、何1つとして無いな〜」


とつくづく感じます。



個別具体のレベルでは

まったく無関係に思えることであっても、

いったん抽象度を高めて

そのものの「構造」や「本質」を捉えることで、

そこに汎用性が生まれ、

どんな分野にも応用がきく、つまり、

役に立つのです。




例えば、

テレビでサッカー観戦した時に、

「試合に勝つためにはどうすればよいか・・」

を考えてみるとします。



その際、

ホームかアウェーか、

選手の実力やコンディションはどうか

など、要素としては

諸々あるとは思いますが、

中でも重要なのは、

どういう戦術を用いて、どういう指示を出し、

どのタイミングで選手交代させるのか

という、「監督の采配」です。



このことを

私(安野)なりに抽象度を高め、

「構造」や「本質」で捉えると、


「監督の采配というトップの指示いかんで、

 チーム全体の動きが変わり、試合結果にも反映される」


とか


「いくら選手に実力があっても、トップが選手を信頼せずに

 キープレイヤーを交代させてしまうと、

 チーム全体の士気が下がる」


とか


「相手チームの戦術に応じて、こちらの戦術を

 トップが柔軟に変更できなければ、試合に負ける」


などと解釈できます。




そして、ここで挙げたような

抽象的な解釈は、そのまま、


「経営者の打ち出した方針いかんで、

 社員の動きが変わり、業績にも反映される」


とか


「いくら社員が優秀でも、

 経営者が社員を信頼せずに

 不当な配置換えや首切りをしてしまうと、

 社員全体の士気が下がる」


とか


「外部環境の変化に応じて

 いままでのやり方を柔軟に変えていかなければ、

 やがて時代の波にのまれてしまう」

 
といった感じで、

会社経営に置き換えて、

応用できるはずです。



そのように考えると、

結局のところ、

見聞きしたことや体験したことを

血肉化し、将来に生かせるかどうかは、

その人の解釈力の問題であり、

何1つとして無駄なものはない

と言えます。



そのためにも、

仕事やプライベートを問わず、


「ここから何が学べるだろうか?」


ということを常に自問自答する習慣

を身に付けるとよいのではないでしょうか。



私もまだまだですが、

これからも当ブログを通じ、

解釈力を磨いていきたいと思います。


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【本日のまとめ】

■ 仕事や人生に役立たないものは、何1つとして無い。

■ 見聞きしたことや体験したことを血肉化し、将来に生かせるかどうかは、

  その人の解釈力の問題ではないだろうか。




posted by 安野 広明 at 13:56| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする