2016年06月14日

Vol.1303「“思い込み”を疑うことができるかどうかが、見える世界を変える」


例えば、

お誘いを受けた講演会のテーマが

「日本の歴史」だったとして、

それをもって

「自分の仕事とは関係ない」

とか

「どうせ堅苦しい話しだろう」

と思い込み、

一歩を踏み出さない人は、残念ながら、

いまよりも世界観を広げるチャンスを

逃すことになります。



これに対して、とりあえず

講演会に足を運んでみた人は、

昨日のエントリ(*)に書いたような感じで、

「日本の歴史」に対する

イメージや捉え方が大きく変わる

かもしれませんし、

「日本の歴史」に興味を持つようになれば、

これから先の長い人生において

世界観を広げて行くことになるでしょう。


*ご参照下さい。
   ↓
Vol.1302「“日本の歴史”は“志のリレー”です」
http://bplan.seesaa.net/archives/20160613-1.html




そして、

こういったことは一事が万事であり、

世の中を俯瞰すると、(上記のように)


「狭い世界の中で留まり続ける人」


と、


「次から次へと知見を広め、世界を広げていく人」


とに、

はっきり分かれる気がします。



では、この差は一体、

どこから生まれるのでしょうか?




この点、私(安野)は、


自らの「思い込み」を疑うことができるかどうか


に尽きると考えています。



上記の例でいえば、

「日本の歴史は仕事に関係ないし、堅苦しい」

というイメージに囚われ過ぎず、

「いや、まてよ・・」、「もしかすると・・」と、

自らの「思い込み」や「常識」に疑いの目を向け、

とりあえず行動に移してみるのです。




とはいえ

「自らを疑う」というのは、

言うは易く行うは難しで、

ある意味、

自身の過去を否定することにもなりますので、

そこに謙虚さが無ければ

できることではありません。



それなりの成功を収め、

奢り高ぶっている人ほど

「思い込み」から抜け出せなくなりがちなのは、

そんなところにも起因している

のでしょう。




ただ、少なくとも私は、

「思い込み」によって

狭い世界に留まり続けたくはありません。



幸いなことに(?)、私の場合、

まだ何の成果も挙げておらず、

したがって

自らの「思い込み」が正しいと信じ切れるほど

自信や奢りもございませんので、

これからも「思い込み」を疑い、

世界を広げて参る所存です。


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【本日のまとめ】

■ 世の中を俯瞰すると、

  「狭い世界の中で留まり続ける人」と、

  「次から次へと知見を広め、世界を広げていく人」とに、

  はっきりと分かれるもの。

■ 世界を広げるためには、

  いつまでも謙虚な姿勢で、

  自らの「思い込み」を疑うことができるかどうかが重要。





posted by 安野 広明 at 22:44| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする