2016年06月18日

Vol.1307「後継者という宿命について思うところ」


「2代目経営者」とか「後継者」

というと、

「苦労せずに経営者になれていいよな〜」

と口にする、もしくは、

言外に匂わす方がいらっしゃいます。


まあ、実際、

そういう側面もあるのでしょう。



ただし、後継者にも、

必ず試練が待っています。



それは、

時代が加速度的に変化する中で、

どこかで大きく経営の舵を切らなければならない

ということ。



そして、その際、

どんな会社であれ

社内の反発が起こります。


人は、変化を嫌う生き物ですので、

当然と言えば当然でしょう。



しかし、

会社の将来に対して誰が責任を負うのか

というと、

社員ではありません。


他ならぬ、後継者です。



したがって、

最大限、社内のフォローをしながらも、

強い意志を持ってやり切るしかない

と考えています。



もしも

方向性を見誤れば、

自分の責任で

社員やそのご家族を不幸にしてしまいますので、

そうならないためにも、

常に外に目を向け、

大局的な流れを掴まなければなりません。



そんなプレッシャーの中で

強い意志を持ってやり続けるというのは、

精神力が求められますし、

けっこう孤独です。


だからこそ、

異業種であれ、

志を同じくする仲間の存在は貴重

だと思います。

(ただの飲み仲間では意味がありませんが・・)




また、後継者の場合、

創業者のような

カリスマ性がある訳でもなく、

無条件に社員がついてきてくれる訳でもありません。



基本的には、

思うようにいかないことがある度に、

真剣に相手と向き合い、

自分と向き合い、

解消していくしかないでしょう。



苦悩を糧にして、

経営者として成長するのです。




ここで書いたことは

その立場になった人にしか分かりませんし、

誰かに分かってもらおうとするものでもない

と思います。



とはいえ

「次世代リーダーの会」(*)をはじめ、

様々な場面で若手後継者とお会いする機会があるため、

後継者という宿命を背負うことについて、

思うところを書き綴ってみた次第。



*ご参照下さい → http://annokaikei.com/koukeisyanokai.html




あ、そういえば、

私(安野)自身も2代目経営者でした(笑)。



後継者という宿命を、気負わず、

楽しめるようになりたいものです。



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【本日のまとめ】

■ 後継者には、

  「時代が加速度的に変化する中で、どこかで大きく経営の舵を切らなければならない」

  という試練が待っている。

■ 後継者という宿命を楽しめるようになりたいもの。



posted by 安野 広明 at 09:01| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

Vol.1306「“自分、大器晩成型だし”と唱えれば、失敗がネタに変わる」


何かに失敗したり、

思うようにいかなかった時、

自分の中に

どういう言葉を用意しているか?

はとても大切です。



もしも、それが


「くそー!」

「なんで自分ばっかり・・」

「(こんなことなら、)最初からやめとけばよかった・・」


といった後ろ向きな言葉

しか持ち合わせていないとすれば、きっと

そこから先へは成長できません。



それどころか、

そのような言葉を自分に投げかけることで、

最終的には

「そんな自分はダメなやつ」

という結論に行き着き、失敗がトラウマとなり、

挑戦すらしなくなると思います。



そこで、私(安野)の場合、

うまく行かなかった時には、


「これで鍛えられたな〜」

「いい経験させてもらったな〜」


などと、自分を肯定する言葉を発動させて、

できるだけ早い段階で

次の挑戦に意識が向くよう

心がけているつもりです。



あと、最近は、


「(今回はうまくいかなかったけど、)自分、大器晩成型だし」


というフレーズも気に入っています(笑)。



将来の理想的な自分の姿、

将来に渡って末広がりに成長していく姿

を思い浮かべながら、

今回の失敗は、

そこへ辿り着くためのプロセスであり、

人生という長編ストーリーのネタにすぎない

と解釈するのです。



まあ、一見すると

負け惜しみのように聞こえるかもしれませんが(汗)、

自分の頭の中で唱えるだけですので、

まったく問題なし!



ちなみに、これは決して

失敗や自分のミスを認めない

という訳ではありません。


いったん冷静になって

自らの至らなさや問題点を認識した上で、

そこに対して肯定的な解釈や意味付けをする

ということです。




いずれにしても、


人は、言葉のフィルタを通してしか世界を認識できない


のが現実ですので、

できるだけたくさんの


「自分を肯定し、次への挑戦を後押ししてくれる言葉」


を用意しておきたい

と思った次第。



何かのご参考までに。


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【本日のまとめ】

■ 何かに失敗したり、思うようにいかなかった時、

  自分の中にどういう言葉を用意しているか?

  はとても大切である。

■ 人は、言葉のフィルタを通してしか世界を認識できないので、

  できるだけたくさんの

  「自分を肯定し、次への挑戦を後押ししてくれる言葉」

  を用意しておきたいもの。

■ 「(今回はうまくいかなかったけど、)自分、大器晩成型だし」

  と唱えることで、失敗は、

  人生という長編ストーリーのネタになる(笑)。




posted by 安野 広明 at 19:46| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

Vol.1305「時間に対する意識の差は大きい、と感じた出来事」


以前、ある人から、


「時間とは命であり、お金に換えることはできない。


 したがって、人前で話す時には、

 相手の命を預かっているという感覚

 を持たなければならない。」


と教わったことがあります。



当時は、

「そんなものかな〜」

くらいにしか思いませんでしたが、

経営者という立場になり、

やるべきこと、やりたいことが増える中で、

「時間とは命である」

という言葉の意味が

少しずつ実感できるようになりました。



と同時に、

時間を無駄にしてきた過去を

大いに反省しているところです(汗)。




ただ、周囲を見渡した時、

(以前の私(安野)と同様、)

時間に対する意識が低い人は

多いような気がします。



実は、先日も、

とある会合に出席した際、

当初予定していた時間よりも随分早く終わってしまいそう

だということで、

時間を稼ぐために、

ほとんどの参加者にとって関係無い

ひとりよがりなお話しを延々と聞かされました。



途中で会場を抜け出せばよかったのですが、

諸事情によりそういう訳にもいかず(汗)、

こちらとしては、ただただ

時が過ぎるのを待つしかありません。



「う〜ん、残念だな〜・・」

というのが正直な感想です。



おそらく、

似たような状況は

至る所で起こっているのでしょう・・。




私自身、でき得ることならば、


「時間とは命であり、お金に換えることはできない。


 したがって、人前で話す時には、

 相手の命を預かっているという感覚

 を持たなければならない。」


ということを常に意識しておきたいですし、

そういう感覚をお持ちの人とお付き合いしたい

と、改めて感じる出来事でした。




まあ、そうは言いながらも、

案外、時間泥棒は自分の中にいるもの

なんですけどね(笑)。



*ご参照下さい。
   ↓
Vol.905「“時間泥棒”は、自分の中にいた!?」
http://bplan.seesaa.net/archives/20150513-1.html



本日は、備忘録を兼ねて。


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【本日のまとめ】

■ 時間とは命であり、お金に換えることはできない。

  したがって、人前で話す時には、

  相手の命を預かっているという感覚

  を持たなければならない。

■ 自分の中の時間泥棒にも、気を付けましょう(笑)。




posted by 安野 広明 at 17:14| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする