2016年05月13日

Vol.1271「自らの責任において引き受ける覚悟が、人生を豊かにする」


先日、

Facebookを始めて間もない知人が、

「“いいね”を押すのが面倒臭いんだよね〜」

と愚痴を言いつつ、

「(投稿の中身は読まずに)とりあえず全てに“いいね”を押している」

というのを聞いて、

「う〜ん、自分には理解できない・・」

と思ってしまいました。



面倒臭いと愚痴るくらいなら

「いいね」を押さなければいいのに、

それでも押し続けるというのは、

Facebookでつながっている友達に

嫌われたくない、忘れられたくない、

という心理が働くからなのでしょうか。



いずれにしても、

自分の意思で「いいね」を押しているのであれば、

本来、愚痴る必要はないはずです。



知人の話しを聞いていて、

(少なくともFacebookに関しては、)

周囲の目を気にするあまり、

自分の意思と行動とが矛盾した

中途半端な状態に陥っている

ように感じました。


(仲の良い知人なので、

 本人にもそのまま伝えましたけど 笑)



しかし、よくよく考えると、

こういうことは日常的に起こります。



「飲み会に参加したくないけど、

 仲間外れにされそうだから一応参加しとこうか・・」


とか


「あまり入会したくないけど、

 〇〇さんから勧められたから、嫌われたくないし、

 とりあえず入会しとこうか・・」


などなど。



もちろん

商売をする上で

致し方ない面もあるでしょうし、

場合によっては、それを機に

新たな出会いが生まれることもあるでしょう。



とはいえ、

Facebookのように

自分の意思で決められるものまで

なんとなく周囲に引きずられて

「不満を抱きながら“いいね”を押している」

というのは

いかがなものでしょうか。



結局、すべては

自分で決定している訳ですので・・。




例えば、

飲み会のお誘いを断れば、

その後は、その人からは

誘ってもらえなくなるかもしれません。


仮にそうなったとしても、

その結果を後悔せずに、

自らの責任において引き受けること

が大切だと思います。



そして、(もしも飲み会に参加した場合には、)


「仕方なく参加した」ではなくて「自分の意思で参加することに決めた」、


「断れなかった」ではなくて「断らなかった」、


という感じで、

できる限り自分の意思と行動を一致させるべきです。




中途半端な行動は、

不毛な時間を増やすだけ。



そのためには、前提として、

誰になんと言われようとも、

自らの責任において

我が道を進んで行く覚悟が

必要なのかもしれません。



そんなことを考えました。


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【本日のまとめ】

■ 周囲の目を気にするあまり、

  自分の意思と行動とが矛盾した中途半端な状態に陥ってしまうと、

  不毛な時間を増やしてしまう。

■ 自らの責任において我が道を進んで行く覚悟が、

  時間を生み出し、人生を豊かにするのではないだろうか。





posted by 安野 広明 at 12:17| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする