2016年05月03日

Vol.1261「“視て見えず”の状態に陥らないために」


足下に大きなゴミが落ちていたとしても、

そもそもゴミを拾う気が無い人にとって

そのゴミは目に入りません。



中国古典の『大学』に、


「心ここに在らざれば 視て見えず、聴きて聞こえず、

 食らいてその味を知らず」


とありますが、まさに

「視て見えず」

の状態と言えます。



視界には入っているはずなのに、

ゴミの存在に気付かないのです。


他人から指摘されてはじめて

落ちているゴミに気付いた

なんていう経験は、

誰にでもあるのではないでしょうか。



また、仮に、

ゴミには気付いていたとしても、

「拾って捨てる」

という行動をとらなければ、

結果的には

「見えていない」のと同じ

だと思います。



そして、このように

(ゴミに限らず)

「気付いても行動しない」

を繰り返していると、

気付きのアンテナの感度(=観察力)は

徐々に鈍り、最終的には、

見えていないことにすら気付かない、

「視て見えず」

の状態に陥ってしまうでしょう・・。




では、どうすれば

観察力が身に付くのか?というと、


失敗してもいいから、

(見えているうちに、)

気付いたことは行動に移してみる


しかありません。



そうやって

できるだけ反射的・瞬発的に行動する中で

観察力が磨かれ、

気付きのアンテナの感度も高くなるはずです。




これからの時代、

組織のメンバーが「気付かない集団」では、

変化に迅速に対応できない

のは言うまでもありません。



メンバー1人1人が

観察力を高める努力をして、

「気付ける集団」を目指したいものです。


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【本日のまとめ】

■ 「気付いても行動しない」を繰り返していると、

  気付きのアンテナの感度(=観察力)は徐々に鈍っていく。

■ 「失敗してもいいから、気付いたことは行動に移してみる」

  ことによって、観察力を磨きたいもの。

■ これからの時代、組織のメンバーが「気付ける集団」にならなければ、

  変化に迅速に対応できない。





posted by 安野 広明 at 18:24| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする