2016年04月21日

Vol.1249「“すべてが大事”という発想の落とし穴」


世の中には

本業である無しに関わらず、

ありとあらゆる仕事(社会貢献活動を含む)

が転がっています。



そうした玉石混交の中から、

自分にとって本質的なものだけを見分けるのは、

とりわけ経営者やリーダーにとっては

とても重要なこと。



そして、そのために、

「すべてが大事」

「何もかもやらなくては」

という発想を捨て、

時には、人からのお願いごとを断る覚悟

を持たなければならない

と考えています。



しかしながら、少なからぬ人は、

「相手に嫌われたくない」

「頼られたら断れない」

「お付き合いで仕方なく」

「皆もやっていることだし」

「あまりよく考えずにとりあえず・・」

などといった

安易な理由で引き受け、

本質的ではない仕事を増やし、


「なんだかよく分からないけど忙しい状況」


を自ら生み出している

ような気がします。



それが本業に関することならまだしも、

本業以外の活動が忙し過ぎて本業に身が入らない

というのは、

まさに本末転倒。



でも案外、

この落とし穴にはまっている人は多い

のではないでしょうか。


(もちろん、活動自体は尊いものがたくさんありますし、

 それ自体を否定するものではございません 汗)




当然ながら、時間は有限であり、

すべてやろうとしても到底無理な話し。


本質的な何かを選ぶためには、

本質的ではない何かを捨てなければならない

のです。



したがって、

「すべてが大事」という発想を捨て、

断る覚悟を持ち、常に、


「いま、自分は本質的なことにエネルギーを注げているだろうか?」


を自問自答する必要がある

と考えております。


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【本日のまとめ】

■ 本質的な何かを選ぶためには、本質的ではない何かを捨てなければならない。

■ 「すべてが大事」という発想を捨て、断る覚悟を持ち、

  「いま、自分は本質的なことにエネルギーを注げているだろうか?」

  を自問自答する必要がある。




posted by 安野 広明 at 20:01| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

Vol.1248「試練こそが、可能性を引き出してくれる」


仕事をしている中で、

お客様や上司や同僚から

無理難題を押し付けられたり、

厳しい言葉や態度を投げかけられたり

することはあると思います。


そして、その度に、

思い悩んだり、気持ちが凹んだり、

苦手意識を持ったり・・


時には

マイナス思考からなかなか抜け出せない、

なんてこともあるかもしれません。



ただ、私(安野)自身、

過去を振り返ってみると、

多種多様な価値観や考え方や性格をお持ちの人

と出会う中で、

何のストレスもなく付き合える人よりも、むしろ

試練を与えてくれる人、

自分の価値観とは合わない人、

なかなか理解し合えない人

の存在によって、

心が鍛えられてきたな〜

と思います。



「あの人についていくのは大変だったけれども、

 逃げずになんとか乗り切ったから今の自分がある」


「あの人との出会いが無ければ、

 いまの心の強さや優しさはないはずだ」


「あれだけの苦しい経験をさせてもらったからこそ、

 ちょっとやそっとでは動じなくなった」


「苦手なあの人から、

 色々と学ばせてもらっていたんだな〜」


などと感じることは、

誰にでもあるのではないでしょうか。



以前、S・Yワークスの佐藤芳直先生から、


「全ては必然・必要・最善」


と教わりましたが、

きっと全ての出会いや試練や苦難には

意味があるんだろうな〜、

と思う今日この頃。


まあ、

試練を与えられている最中は

とにかく必死なので、

そんな心の余裕は無かったりするんですけどね。



ここで、私の好きな

イチロー選手のエピソードを紹介します。



ここから


イチロー選手が、あるピッチャーとの対戦で、

何試合もヒットを打てず、

抑え込まれていました。


そのことについて、

インタビュアーがイチローに聞きます。


「あのピッチャーは、苦手のピッチャーですか?」



その問いに対して、

イチロー選手は答えました。


「いえ、そうではありません。

 彼は、自分の可能性を引き出してくれる素晴らしいピッチャーです。


 だから、自分も力を磨いて、

 彼の可能性を引き出せるバッターになりたいですね。」


ここまで

(『人生の成功とは何か』田坂広志著より一部抜粋)



(イチロー選手のように)

どこまでも愚直に自らと向き合うことができれば、

試練や苦難を含め、

人生で起こる全ての事象は自己成長につながる

という

示唆に富んだエピソードだと思います。



私はまだまだですが、

精神的に負荷がかかった際、


「あ〜、これでまた鍛えられるな〜」


「可能性を引き出してもらってるな〜」


と捉えることができる

心の余裕を持ちたいものです。



本日は、備忘録を兼ねて。


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【本日のまとめ】

■ 何のストレスもなく付き合える人よりも、むしろ

  試練を与えてくれる人、自分の価値観とは合わない人、なかなか理解し合えない人

  などの存在によって、心が鍛えられる。

■ どこまでも愚直に自らと向き合うことができれば、

  人生で起こる全ての事象は自己成長につながる

  のではないだろうか。




posted by 安野 広明 at 18:27| 島根 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

Vol.1247「“感想発表”とはすなわち、“自分語り”である」


弊社では、

「社内木鶏会」という社内研修を

毎月実施しています。



具体的には、

人間学を学ぶことをテーマとした『月刊致知』

という月刊誌を

社員1人1人に予め配布し、

3つの推薦記事の中から1つを選んで

感想文を書いていただく。


その感想を

「社内木鶏会」の際に、

各グループの中で発表および意見交換する

という流れで進めます。



3年半以上継続してきましたが、

いつも思うのは、

同じ記事を読んでも

感じ方は人によって千差万別である

ということ。


「なるほど、こういう捉え方もあるのか〜」

とか

「言われてみるとそうだよな〜」

などと、毎回、

本当に数多くの気付きがあるのです。



そして、

なぜ人によってこれほどまでに

目のつけどころや捉え方が異なるのか?

を突き詰めて考えてみると、


「自分の内側に無いものは感じ取れない」


ということに尽きるのかな〜

と思います。



言い換えれば、

読んだ記事に対する感想には、

その人の「人生観」や「心のありよう」が

映し出されているということ。



感想を発表するというのは、

記事を通じて、


自分自身を語っているに他ならない


のです。



そのように考えると、

「社内木鶏会」は「自分語りの場」であり、

社内のメンバーと膝を突き合わせて語り合う

格好の機会と言えましょう。




ちなみに弊社では、

いつでも見学を受け入れております。


是非一度、

「社内木鶏会」がどんなものか、

見学にお越し下さいませ(笑)。


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【本日のまとめ】

■ 感想には、その人の「人生観」や「心のありよう」が映し出されている。

■ 感想を発表するというのは、記事を通じて

  自分自身を語っているに他ならない。




posted by 安野 広明 at 19:41| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする