2016年03月28日

Vol.1225「“意思決定基準となる言葉”は、一生モノの無形財産」


昨日は

「自分の中に“意思決定基準となる言葉”を持つこと」

について書かせていただきました。


今日も続けます。



私(安野)自身、

大切にしている言葉はたくさんある

のですが、その中でも、

海底に沈めた錨のごとく

心の深いところに沈めておきたい言葉

として、


「複利で効いてくる」


「学びは事後的・遅効性」


「少しずつ、しかし、後になるほど大きく」


「人は1日で出来ることを過大評価するが、

 1年でできることは過小評価する」


といったものがあります。



これらはいずれも、

「継続」に関する

私なりの「意思決定基準」。



このような言葉を

自らに刷り込んでいるからこそ、

こうして日々、淡々と、

誰に褒められるでもなく(当たり前ですけど 汗)、

地道にブログを更新し続けることができている

のだと思います。



もし仮に、

上記のような言葉が自分の中に無ければ、

即効性を追い求め、

メディアやマスコミに踊らされている

かもしれません。


また、しばらく続けてみて成果が出なければ

簡単に諦めて、おそらく、

このブログも継続できていないでしょう。


もともと

飽きっぽい性格ですし。



そうした結果、

色々と手を付けたけれども何も身に付かなかったり、

もしくは、

卒なく何でもこなせるけれどもエッジの効かない人間

ができ上がるはずです。


これでは、

せっかく投下した時間とお金が無駄

になりますよね。



そのように考えると、

何かを「継続」しようとする際、

自らの中に「意思決定基準となる言葉」を

身体知化したレベルで持っている

というのは、まさに


一生モノの無形財産を有している


ようなもの。



そして、このことは、

「継続」のみならず、

「コミュニケーション」や「時間管理」など

あらゆる場面において同様です。




自らを律し、人生の指針となる言葉(=無形財産)を

集めるべく、これからも

様々な場面で触れる言葉にアンテナを張り、

身体知化するまで刷り込んでいきたい

と思った次第。


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【本日のまとめ】

■ 自らの中に「意思決定基準となる言葉」を身体知化したレベルで持っている

  というのは、

  まさに一生モノの無形財産である。




posted by 安野 広明 at 13:41| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする