2016年01月29日

Vol.1166「最終的には“なにくそ根性”があるかないか」


中国古典の『詩経』には、


「始めあらざるなし。

 克(よ)く終わりある鮮(すくな)し。」


とあります。


何事も、始めるのは簡単だが、

それを終わりまで全うする人は少ない

という意味だそうです。



私(安野)自身、

過去を振り返ると、

様々な取組みに挑戦したものの、そのうち、

現在でも継続できていることは

数えるほどしかなく(汗)、

自らの戒めとして

上記の言葉を胸に刻んでおります。



では、当ブログをはじめ

「継続できていること」と、

「継続できずに挫折したこと」との差は、

一体どこにあるのか?

と考えてみると、確かに

継続するための細々とした

仕組みや工夫はあるのですが、最終的には、


「なにくそ根性」を発揮するかどうか


だと思っています(笑)。



自ら目標を設定し、公言したことに対し、

「まあ、今日くらいやらなくていいんじゃない?」

とか

「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?どうせ誰も気にしてないし・・」

などと甘い言葉を囁く

弱い自分が現われた時に、

「なにくそ、負けてたまるか!」

と、歯を食いしばりながらも

やり続けるかどうか、そして

それに値するだけの取組みかどうか、

ということです。



とりわけ

自分が正しいと信じて継続していること

に関して、

他者から否定的・批判的なコメントをいただいた際には、

けっこう凹みますし、

「もうやめようかな・・」

と思ったりするもの。


しかし、そんな時こそ、

「なにくそ根性」で乗り切る!(笑)。



何だか根性論になってしまいましたが、

ふと思ったのは、

それだけ負けん気を備えている

いうことは、その根底に

「自分にはできるはず」

という自分への期待がある

とも言えるのではないでしょうか。



もしも

「自分にはできるはずがない・・」と、

自ら自分への期待値を下げてしまうと、

「なにくそ根性」を発揮するよりも先に

あっさりと諦めるのが当たり前

になるような気がします。



したがって、まずもって

「自らの可能性を信じる」

というマインドセットが必要なのかもしれませんが、

その上で、

「なにくそ根性」を発揮して、

自ら始めたことを

1つでも多く、少しでも長く継続していきたい

と思った次第です。


*******************************************


【本日のまとめ】

■ 何事も、始めるのは簡単だが、それを終わりまで全うする人は少ない。

■ 自分自身を振り返ると、

  「継続できていること」と「継続できずに挫折したこと」との差は、

  「なにくそ根性」を発揮できたかどうかに尽きる(笑)。

■ 自らの可能性を信じ、「なにくそ根性」を発揮して、

  自ら始めたことを1つでも多く、少しでも長く継続していきたいもの。




posted by 安野 広明 at 20:42| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする