2016年01月25日

Vol.1162「学びの価値を高めるために大切な視点」


セミナーを聴きながら

ひたすらノートにメモを取り、

本を読みながら

気になった箇所にマーカーを引く。


勉強熱心な方であれば、きっと

そのような習慣が身に付いていらっしゃることでしょう。



しかし、もしもそれだけで

「何かを掴んだ」

という錯覚に陥っているとしたら、

非常にもったいないと思います。


なぜなら

過去のブログ(*)でも書かせていただきましたが、

単なる「知識」として記憶しただけで

実践を伴わなければ、

そこから「独自の知恵」を掴み取ることはできないから。


*ご参照下さい。
   ↓
Vol.507「“知識”を“知恵”に深化させる」
http://bplan.seesaa.net/archives/20140410-1.html



インターネット社会において

「知識」というのは

あっという間に価値が劣化するため、

日々の地道な訓練や実践の中で、いかに


「独自の知恵」として体得できるか


こそが重要ですし、

せっかく学びに投じた時間とお金を

無駄にしないことにもつながるはずです。



また同時に、

学びの価値を劣化させず、むしろ

高めていくための視点として、


「人に伝えること」


も大切だと考えています。



自分が学んだことを

自分の中に留めるのではなく、

社員さんやお客様や同僚や家族やご縁のある方々に伝え、

その人のお役に立つことができたならば、

それはそれで

学びの価値が高まる

と言えるのではないでしょうか。



かくいう私(安野)自身、

いままで学びに対して

膨大な時間とお金を投じ、しかも

そのほとんどを「知識」で終わらせていただけに(汗)、

もっと日々の中での実践と人に伝えることによって

学びの価値を高めていこう!

と、意を新たにした次第。




過去のセミナーノートに目を通し、

「あ〜、そういえば、こんなこと学んだよな〜」

と、

せっかく学んだことが

忘却の彼方になっている我が身を省みながら、

そんなことを書き残してみました。


*******************************************


【本日のまとめ】

■ せっかく学んだにもかかわらず、

  単なる「知識」として記憶しただけで

  「何かを掴んだ」という錯覚に陥っているとしたら、

  非常にもったいないことである。

■ 日々の地道な訓練や実践の中で、いかに

  「独自の知恵」として体得できるかこそが重要。

■ また、学びの価値を劣化させず、むしろ高めていくための視点として、

  「人に伝えること」も大切ではなかろうか。




posted by 安野 広明 at 18:50| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月24日

Vol.1161「自分の中で“悟る”前に、もっと外に目を向けてみる」


若い世代のことを、

ひと昔前までは「ゆとり世代」、

今は「さとり世代」と言うそうです。


あまり欲を持たず、恋愛にも関心がなく、

興味のない人とは付き合わない、

「このままでいい」と悟っている世代。


ずっと安全圏にいるから、

あまり危機感を抱かない

というのも特徴です。



そして、この風潮は、

若い世代ばかりではなく

世間一般にも蔓延している気がします。


それはあたかも

「野鴨の哲学」(*)に出てくる

安住・安楽に慣れきった野鴨のようなもの。


*ご参照下さい。
   ↓
Vol.411「野生の鴨(=ハングリー)であり続ける」
http://bplan.seesaa.net/archives/20140104-1.html



人間に飼い慣らされた野鴨たちは

飛び立って逃げることができずに

命を失いましたが、

それと同じように(?)、

変化のスピードが速いこのご時世に

安全圏に甘んじていると、

悲惨な将来が待っているのは想像に難くないでしょう。



したがって

自分の中で悟ってしまう前に、

いままでの安全圏の外に目を向け、


ちょっとした冒険を心がけてみる



のが良いと思います。



例えば、

いつも行かない場所へ行ってみる、

いつも会わない人に会ってみる、

いつも通らない道を通ってみる

いつも読まない本を読んでみる、

いつも観ない映画を観てみる、

いつも聴かない音楽を聴いてみる

などなど。



そうすることで、

自分の中に隠れていた感情を発見したり、

多様な価値観に触れることができ、

「まだまだ悟っている場合じゃない!」

とか

「世界はこんなにも広く、興味深かったのか!?」

ということに気付かされ、

目が覚めることもあるはずです。




「さとり世代」についての本を読みながら、

そんなことを考えました。


自戒を込めて・・。


****************************************


【本日のまとめ】

■ 「このままでいい」と悟っている「さとり世代」が、

  世間一般に蔓延している。

■ 自分の中で悟ってしまう前に、いままでの安全圏の外に目を向け、

  ちょっとした冒険を心がけてみると良いのではなかろうか。





posted by 安野 広明 at 14:08| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

Vol.1160「言語化しては凹む・・の繰り返しで、少しずつ成長していく」


私(安野)は、当ブログで

たまに偉そうな(?)ことを書かせていただいていますが、

ここで言語化したことを

自分が100%実践できているかというと、

全くそんなことはございません(汗)。


むしろ

できていないことの方が多いかも。


お恥ずかしい限りですが。



言語化しては実践できていない自分に凹み、

また言語化しては実践できていない自分に凹む・・

を繰り返しているのが現状です。



しかし

1つだけ確信を持って言えるのは、

もしも言語化して来なかったならば、

いまよりもさらに

自己成長への意識が下がり、

行動量が落ちていただろうな〜

ということ。


3年以上一日も休まず

言語化し続けてきたことで、

自らを躾け、叱咤激励し、


なんとか意識や目線を上げ続けてきた


訳です。



そのように考えると、

ブログを書くことによって、

自分自身がその効果を最も享受している

と言えますね。


実際、

思考や気付きや学びを言語化するためには

常に自分と真摯に向き合う必要がありますので、

たまに目を背けたくなるものですが(汗)、

言語化を習慣にすることは、

こらからの長い人生において

かなり波及効果が得られるのではないか

と感じます。



そして、こういうことを書くと、

「自分にはそんな時間が無い(だから言語化なんてする暇がない)」

とおっしゃる方がいます。


確かに

平日は人によって繁忙度に違いがあるにしても、

少なくともお休みの日は

多くの人がフェアなはず。


私もこうして

休みの日でも書き続けていますし(笑)。



別にブログをおすすめしている

つもりはございませんが、

何かしらの形で言語化を習慣にされると

きっと大きな財産になるのではないでしょうか。



そんなことを考えました。


*********************************************


【本日のまとめ】

■ 言語化には、自らを躾け、叱咤激励し、

  自己成長への意識や目線を上げる効果がある。

■ 何かしらの形で言語化を習慣にすると、

  きっと大きな財産になるのではないだろうか。




posted by 安野 広明 at 22:27| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする