2015年12月30日

Vol.1136「人の“感情”や“記憶”は、流しそうめんの如し」


毎日ブログを書いてきて良かったな〜

と感じるのは、

バックナンバーを読み返しさえすれば、

その当時の「思考の軌跡」が(わりと鮮明に)蘇る

ということ。



もしも

何も記録していなかったならば、

お客様とのやりとりやセミナーやイベントなどの「出来事」

は憶えていたとしても、

日々の「感情の動き」や、そこからの「気付き」などは、

その場限りで、ほとんど流れてしまっていた(=記憶に残らなかった)

はずです。




思うに、「感情」というのは、

あたかも源泉かけ流しのお湯、もしくは、

流しそうめんのようなもの(笑)。


次から次へと

新たな「感情」が脳内で生み出されますが、

意識しなければ、それらは

あっという間に流れていってしまいます。



したがって

流しそうめんをすくい取り、

つゆをつけ、口に入れて咀嚼するかのごとく、

「感情」を意識にひっかけ、自分なりの解釈を加え、


それを血肉化していく


という作業が必要だと考えています。



そして、そのために

有効な手段となっているのが、

私(安野)の場合、当ブログです。


また、このような形で

日々記録しておくと、

多少なりとも「積み上がっている感」があり、

自信にもつながります。



別にブログをおすすめする訳ではありませんが、

一日一日を無駄にせず、かつ、

その時の「気付き」を将来に渡って生かしていくためにも、

何らかの形で「思考の軌跡」を記録しておくこと

は非常に有効だな〜と感じる、今日この頃。




例えば、この一年を振り返った時に、

どこまで(思考の軌跡が)記憶として残っていますか?


少なくとも私は、

ブログや日記やノートに記録したこと以外は、

既に忘却の彼方へ消え去りました・・(恥)。


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【本日のまとめ】

■ 「感情」や「記憶」というのは、あたかも源泉かけ流しのお湯、もしくは、

  流しそうめんのようなもの(笑)。

■ 「感情」を意識にひっかけ、自分なりの解釈を加え、それを血肉化していく

  という作業が必要ではないだろうか。

■ そのためにも、ブログ等の手段を用いて、

  「思考の軌跡」を記録しておくことは非常に有効である。




posted by 安野 広明 at 12:05| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする