2015年12月14日

Vol.1120「もしもお金の価値がゼロになったら・・を想定してみる」


もしも今、ハイパーインフレが起こり、

お金の価値が大暴落したとするならば、

他を排してでも自分のお金を貯めることだけに執着してきた人

は、

一気に財産を失うことでしょう。



おそらく、そんな時こそ


他人との繋がりや信頼関係、自らの知恵や知識や経験


などといった「目に見えない財産」が

唯一の救いであり、生き残るための手段

となるはずですが、上記のような人は、

ある日突然、

「(お金以外の)拠り所が何もなく、生きていけない・・」

という悲惨な状態になる可能性

があると思います。



そのように考えると、お金というのは、

入口(=稼ぎ方)ももちろん大切ですが、

それ以上に、出口(=使い方)が重要です。



ここで言う出口が、

利己的な欲求を満たす内容に終始して、余りはすべて貯蓄する

という発想だけだと、将来、

上記のような悲惨な状態になりかねない

ということが言いたい訳です。



したがって、

お金の出口としては、優先的に

(人の役に立てるような)知識や経験や知恵を増やすこと

に対して投じるべきだと考えています。


具体的には、

書籍やセミナー、研修などによって

自己研鑽することが挙げられるでしょう。



また、人とのご縁をつくり、育むこと

に対しても、お金を投じるべきです。


もちろん

単なる飲み会では無駄遣いですので、

ここでは、

切磋琢磨しながら成長できるような同志や師匠

を見つけるための投資

を意味します。



とはいえ

お金というのは有限な資源ですので、

「可能な範囲で」

という前提はつきますが、いずれにしても、

「もしもお金の価値がゼロになったら・・」

という事態を想定することで、

お金の出口について見直してみてもよいのではないか

と思った次第。




何かのご参考までに。


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【本日のまとめ】

■ もしもお金の価値が無くなった場合、

  他人との繋がりや信頼関係、自らの知恵や知識や経験

  などといった「目に見えない財産」が唯一の救いであり、生き残るための手段

  となるはず。

■ 「もしもお金の価値がゼロになったら・・」

  という事態を想定することで、

  お金の出口について見直してみるのもよいのではないか。




posted by 安野 広明 at 15:01| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする