2015年12月04日

Vol.1110「天岩戸(あまのいわと)方式で、まずは自らが挑戦を楽しむ」


昨日は


「自分の常識によって築き上げた心の扉を開き、

 外の世界へと踏み出す。


 本を読むことは、

 そのため(=外の世界に接するため)の有効な手段である。」


という内容を書かせていただきました。


今日はその続きです。



仮に、鉄のように重い扉で

心が固く閉ざされている人の場合、

「そもそも本を読むのか?」

という疑問が生じるかと思います。


いままで読書習慣のまったく無かった人

であればなおさら、

ハードルが高いかもしれません。



そこで思い浮かんだのが、

『古事記』に出てくる天岩戸(あまのいわと)の伝説。



ざっくり説明すると、


「太陽神アマテラスが、弟のスサノオの暴虐無人な振舞いに嘆き、

 岩戸の中へ隠れると、

 世界は闇となりさまざまな禍が生まれた。


 困り果てた八百万(やおよろず)の神様たちは

 アマテラスに外へ出てきてもらおうと、

 アメノウズメに踊らせ、それを見て大笑いをする。


 岩戸の外の楽しそうな声に、

 アマテラスがお出ましになり、世の中は明るくなった・・」


というお話しです(インターネットより一部抜粋)。


『古事記』を題材にした石見神楽が盛んな当地域では、

お馴染みのストーリーですね。




ここで何が言いたいかというと、

もしも相手の心の扉を開きたい

と願うならば、


その人の周りにいる人たちが楽しそうにする


ことによって、

自ずから外の世界が気になり、施錠を外し、

扉を開けていただけるのではないか

ということ。



そして、そのために、

(これは相手が大人でも子供でも同じですが、)

周りにいる人、つまり、自分自身が、

楽しそうに仕事したり、

何かに没頭、または意欲的に挑戦している姿を見せること

が大切だと思います。



相手に本を手渡すなどして

閉ざされた扉を何とかこじ開けようとするよりも、

自分自身が積極的に外の世界へ踏み出し、

挑戦し続けていれば、結果的に

相手の心の扉を開くことにつながるのではないか、

そのように考えております。




ちょっと分かりにくくてすいません・・


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【本日のまとめ】

■  本を読むことは、心の扉を開くための有効な手段ではあるが、

  読書習慣のまったく無い人にとっては

  なかなかハードルが高いことでもある。

■ 閉ざされた扉を何とかこじ開けようとするよりも、

  自分自身が積極的に外の世界へ踏み出し、

  挑戦し続ける姿を見せていれば、結果的に

  相手の心の扉を開くことにつながるのではないだろうか。



posted by 安野 広明 at 17:41| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする