2018年01月18日

Vol.1886「形から入って心に至る”、これ修行なり」


当社の経営計画書(*)の

「接客に関する方針」には、



「玄関を出られるタイミングで、お客様に向かって心をこめて、

 明るく、笑顔で、はっきりと、全員で立って

 “ありがとうございました”と挨拶する。」



「担当者は外まで見送り、

 お客様の車が見えなくなるまで立っていること。

 車が見えなくなる直前にもう一度お辞儀をする。」



と明記してあります。


*ご参照下さい → http://annokaikei.com/plan



随分前から取り組んでいるので、

いずれも、

社内で定着してきました。



ただし、上記のような取組みは、

形だけできたとしても、

あまり意味はありません。



もちろん、まずは

形から入ることが大事だとは思うのですが、

その次に目指したいのは、


「言動」と「心」を一致させること


です。



コンビニの店員のように、

マニュアル的な「ありがとうございます」は、

必ず相手に見透かされます。



仮に、そのお客様や関係者が

「自分」の担当ではなかったとしても、


「自社」のお客様であることには違いない

訳ですので、


言葉に「感謝の気持ち」を乗せられるように

努めたいものです。




また、見方を変えれば、

「言動」と「心」を一致させる

というのは、自分にとって、


「相手の心に寄り添う力」や「謙虚さ」や「集中力」

などを鍛えるための修行のようなもの


ではないでしょうか。



例えば、

車が見えなくなるまで立ってお見送りをする間、


「早く角を曲がらないかな〜」

とか

「そろそろいいかな〜」

とか

「寒い(暑い)から早く中に入りたいな〜」


などと頭で考えていたとすれば、

それは、

「言動」と「心」が一致している

とは言えませんよね。



車が見えなくなるまでの数十秒の間は、

そのお客様に集中し、思いを致し、感謝する。



それが、修行になるのです。



このことは、

誰かに手紙やハガキを書いたり、

一筆添えたりする場合でも、同じ。



やっつけ仕事として書くか、


相手の顔を思い浮かべ、

感謝の気持ちを込めて書くかは、


すべて自分自身の修行だと思っています。




かくいう私(安野)自身、

まだまだ心が抜け落ちることが多く、

反省しきりの毎日ですが(汗)、


常日頃、形だけではなく、

上記のようなことを意識しながら

修行を重ねていけば、


やがてはそれらが習慣化・身体知化され、

一段階、成長した自分になれるはず。




「形から入って、心に至る」


とは、

そういう意味だと考えています。


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【本日のまとめ】

■ 接客する上で、形から入ることは大事だが、

  その次に目指したいのは、

  「言動」と「心」を一致させること。

■ 「言動」と「心」を一致させる

  というのは、自分にとって、

  「相手の心に寄り添う力」や「謙虚さ」や「集中力」

  などを鍛えるための修行のようなもの

  ではないだろうか。

■ 日々、修行を重ねていけば、

  やがてはそれらが習慣化・身体知化され、

  「形から入って、心に至る」

  を実現できるはず。










posted by 安野 広明 at 22:18| 島根 ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月17日

Vol.1885「“仕事観”と“人生観”について思うこと」


あくまで私見ですが、


「仕事観」と「人生観」とが一致している人ほど

充実した人生を送れる


と考えています。




ご承知の通り、

社会人になると、

1日のかなりの時間(=8時間勤務だとすれば1日の3分の1)を、

仕事に費やさざるを得ません。



もしも、その時間を、


「給料をもらうためには仕方ない・・」

とか

「苦痛だが、耐えよう・・」


などといった気持ちで過ごしている

とすれば、


限りある人生の時間を

約3分の1も棒に振っているようなもの。



それでは、あまりにもったいない・・

と感じます。



せっかく同じ時間を過ごすなら、

「仕事観」に「人生観」を重ね合わせて

価値ある時間にできれば、


人生の充実度や幸福度が増す

のではないでしょうか。




では、どうすれば

「仕事観」と「人生観」を結び付けられるのか?



この点、私(安野)は、


一定の期間、仕事に全力で取り組む以外にない


と思っています。



残業をする・しないは別として、

とにかく、日々、

自分のベストを尽くすのです。




例えば、われわれの業界で、


お客様に寄り添い、全力かつ真剣にアドバイスした結果、

お客様の会社の業績アップや財務体質改善が実現し、

心から喜んでいただくことができたとすれば、


担当者として

いままでにない「充実感」や、「やりがい」を

感じられるかもしれません。



そして、その時、


自分の人生観が定まる(=生きがいをつかみ取る)


なんてこともあるはずです。



逆に言うと、最初から

仕事は仕事、プライベートはプライベートと

完全に割り切り、


仕事に対して最低限しか踏み込まない

というスタンスの人は、


いつまでも上記のような感覚はつかめない

と思います。




まあ、人それぞれ、

価値観の違いはあるのでしょうけど、


少なくとも私は、

「仕事観」と「人生観」とが一致するようになってから

充実した日々を送れていますし、


これからも自分に与えられた役割

である「経営業」に、

全力で取り組むつもり。




・・人生の時間の「長さ」は、

自分では選べませんが、


時間の「密度」は、自分次第で

如何ようにでもなります。



そういう意味では、

時間は誰にでも平等に与えられているようで、


人によって中身の濃さは全く異なる

のかもしれませんね。




お互い、「密度」の濃い時間、そして、

充実感ある人生にして参りましょう!


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【本日のまとめ】

■ せっかく同じ時間を過ごすなら、

  「仕事観」に「人生観」を重ね合わせて

  価値ある時間にできれば、

  幸福度も増すのではないだろうか。

■ 「仕事観」と「人生観」とを結び付けるためには、

  一定の期間、仕事に全力で取り組むこと

  が不可欠である。









posted by 安野 広明 at 22:28| 島根 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

Vol.1884「仕事の彼方に何を見つめていますか?」


どんな仕事であれ、

実際に、日々やるべき作業は

地味で単調なものです。



そして、そういった


単調なことをクオリティを下げずにやり続ける


のが、

真のプロフェッショナルだと考えています。




とはいえ、


「水は低きに流れ、人は易きに流れる」


というように、


世間からその道のプロ

と見られているにもかかわらず、


作業の単調さ故に、マンネリ化し、

やがて手を抜くようになり、

その仕事の先にお客様や数多くの関係者がいらっしゃること

すら忘れてしまう・・


なんて人もいます。



もし仮に、

形の上では「〇〇のプロ」と呼ばれながら、

上記のような(心の)姿勢で仕事をしている

とすれば、

真のプロフェッショナルとは呼べませんし、


何よりも、

信頼して任せたお客様が不幸

ですよね。




そこで参考にしたいのが、

過去のエントリ(*)でも紹介した、

「3人の石切り職人」の寓話。



(ここから)
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通りすがりの旅人から

「何をしているのか?」

と聞かれた時に、

1人目の男はこう答えました。


「この仕事で、暮らしを立てているんだよ。」



2人目の男は金槌を振る手を休めずに、こう答えました。


「どんな石切り職人にも負けない、

 この国で最高の石切り仕事をしているんだ。」



3人目の男はキラキラとした目で、こう答えました。


「大寺院を、つくっているんだ。」

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(ここまで)


*ご参照下さい。 
   ↓
Vol.349「“仕事の本質”を見据える」
http://bplan.seesaa.net/article/379369901.html



この寓話の中で、

1人目・2人目の男と、3人目の男には、

決定的な違いがあります。



それは、


自分以外の誰か(=上記で言えば、大寺院を利用する人々)のために仕事をしている


ということ。




つまり、

日々の作業は単調であったとしても、


その先にある、

「何のために働くのか?」

の「目的」の中に、


お客様を含めた、自分以外の誰かへの貢献


という要素が入っている

のです。




これを会社に置き換えると、


「経営理念」(=経営者の志)や「経営ビジョン」(=会社の夢)


が、「目的」に該当します。



ちなみに、当社では、


「たくさんのありがとうを集め、日本の中小企業を元気にする!」


といった経営ビジョン等を

「経営計画書」(*)に明文化すると共に、


毎日、朝礼の際に全員で唱和して、


会社(仕事)の「目的」を忘れたり、

無意識に目線が下がったりすることのないよう

心がけているつもりです。


http://annokaikei.com/plan




「どのような仕事をしているか?」


ではなく、


「その仕事の彼方に何を見つめているか?」


が、仕事の価値を定めます。



現在の職業に就いたからには、

誰もがその道のプロフェッショナル

として、


それぞれの仕事の先にある、

自分以外の誰かへの貢献(=目的)を、

意識し続けたいものです。


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【本日のまとめ】

■ 日々やるべき業務は、ほとんどが地味で単調なものだが、

  そういった単調なことをクオリティを下げずにやり続けるのが、

  真のプロフェッショナルである。

■ そのためにも、

  それぞれの仕事の先にある、

  自分以外の誰かへの貢献(=目的)を、

  意識し続けたいもの。










posted by 安野 広明 at 22:49| 島根 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする